2015年12月31日木曜日

一年の〆

例年恒例だった飛び込み仕事も不思議と舞い込むこともなく、ここ二日ばかりのんびりと仕事していた。

とりあえず一年を過ごして思うのは、年を取るごとに時間の経過が早まってると感じることだ。

大過なくとは言い難く、細々とした体調不安や仕事私事のゴタゴタ等例年通り各方面に迷惑をかけて今年ものんびり歩いてきた。
とりあえず大晦日に酒を飲める程度に収まったのは行幸だろう。

すきあらば飲むだろうというツッコミは野暮ってもんだぜ?(笑)


かけるつもりはなくとも、来年もどこかに迷惑をかけていくことになるんだろう。
その迷惑をなるべく小さくできないものかと横に広がる腹でずっと考えていきたいと思う。

対外活動減らせばいいのかな。


間もなく一年が終わる。
皆さんにとって来年もいい年でありますように。


良いお年を。

2015年12月30日水曜日

ニュル北原器の危うさ

ニュルブルクリンクというサーキットがドイツにある。
有料で一般に開放され観光名所としても走行可能なノルトシュライフェ(北コース)とGP用に整備されたコース双方を合わせた総称であるが、カーキチならば北コースのほうをよくご存じのことと思う。ニュル北などと称されることもある。

設計が古いことから高速な割に道幅は狭く、激しいアップダウンと狭いエスケープゾーンと無数のブラインドコーナーを持ち、路面は荒い。世界一タフなサーキットと称されるのも納得だ。
事故も少なくない。有名なものと言えば昨今映画にもなったニキ・ラウダの炎上を思い浮かべる人も多いと思う。

そんなタフなニュル北は自動車メーカーがテストでよく使う。高速からのブレーキ以外すべてをテストできるコースは他にないと言われるからだ。


ただ、このニュル北を指標とするのは、サーキットは公道ではないという点においてかなり危険じゃないかと考えている。


ニュルで何秒のラップを刻もうが日本の道路では100km/h以上出してはならない。

その先の速度域でどれほどハンドリングが鋭かろうが直線で安定していようがブレーキが平然と効こうが、余剰を余裕として性能や快適性に振り分けても基本的に無駄である。

その速度を楽しむためにはサーキットへ行くかサーキットの速度域を違法に甘受するかの二択しかない。
サーキットだけを原器にするのは非常に危険じゃないかと思うのだ。


もっとも、フェラーリに比べればニュル北を原器にするのはかなりマシだと思う。比較的フラットなフィオラノサーキットを基準にし続けた結果、ディフューザー等路面がフラットなことで成立するエアロパーツで構成されたマシンは危うさを感じさせる。
公道車の車体はエンジンのおまけと言い切ったエンツォのメーカーらしいと言えばらしいのだけれど。


そしてニュル北のタイムを狙う車両にしたせいで車両代は跳ね上がる。
イギリスでのシビックタイプRの価格は、スバルSTIから1000ポンド安いだけだ。
ここまでくるとどこを狙った車両なのかもわからない。安全に速くというなら4WDのスバルに分がある。そしてニュルで見せるシビックの切れ味は、公道ではちょっと試せない速度での話だろう。


昔のシビックはもう少しコゾー向けだっただろう。
気が付いたらちまちまとシビックも成長し、ちょっと小金を持った当時のコゾーが昔を懐かしんで買うような車になってないか?

サファリラリーが市販車の耐久テストを兼ねていた時代もあったことは認めるが、当時は箱根すら舗装されてなかった時代だ。サファリの過酷さが砂利道での耐久性を保証してくれるなら十分な実走テストとなるだろう。
ラリー好きだからちょっと身びいきがあることは認める(笑)

ニュルブルクリンクは過酷だ。
ただ、そのタイムを出せる技術があるからと言って誰もが高性能を堪能できるわけではない。

もう少し公道に目を向けたスポーツカーが作れないものか。
今のままではスポーツカーは手の届かぬ『酸っぱい葡萄』というだけでなく、下手に食べたら免許が危うくなる毒入りでしかないのだから。



さて。
最後にひとつの動画を紹介したい。





こちら、ナンバー付き市販車初のニュルブルクリンク北コース7分切りを達成したラディカルSR8のオンボード画像である。

何がすごいかって、この走行、一般解放の走行時間から某メーカーの貸し切りテストに移行するタイミングで、メーカーの厚意で貸し切り時間に食い込む許可をもらいワンラップだけ走行した際に叩き足した記録なことである。


ちなみに2015年末時点で、7分切りを達成している市販車はパガーニのサーキット専用車ゾンダRと、ラディカルが自車の記録を破るために持ち込んだ(ル・マンのサルテサーキット等)公道サーキット専用車SR8LM、ポルシェ918スパイダーフェラーリのサーキット専用車599XXのみとなる。

ラディカルはイギリスの自動車メーカーで、ポルシェやフェラーリ、パガーニとは規模が段違いに小さい。
だからこそ判官びいき気味な私は応援してやまないのである。



2015年12月17日木曜日

環境のためのうんぬんかんぬん

まず私はLED照明が苦手である。
バックライトにLEDが使われていると思しき液晶でも、どうにも目がいらいらする感覚にとらわれるのだ。なので昨今のLED照明推進にはちと疑問符を抱く。

LED照明の問題は、寿命が光源以外に大きく左右されることであろう。基板のどこかでよからぬ品質管理を行えば定期的に安くない照明本体の交換を強いられることになる。ちっともエコじゃない。


ただ、職場にLED照明の導入を勧誘する電話をお断りしたのは別の理由だ。
仕事の関係でちょっと特殊な蛍光管を使っているため、そこの代替が効くか否かが不安なだけである。

無論押し売り的な電話も反吐が出るほど嫌いなのだが。

2015年12月15日火曜日

【映画感想】007スペクター

ジェームズ・ボンドがメキシコでやった派手な『仕事』はかつてのMからの遺言だった。
その仕事で得た指輪が、スカイフォールから引きずる過去とボンドを結びつける。

ル・シッフル。ミスター・ホワイト。クァンタム。
そしてダブルオーナンバーを含むMI6の統廃合をもくろむMI5のマックス・デンビーが一つの線でつながったとき、過去の亡霊が蘇るのだ。

スペクター。
ジェームズ・ボンドはこの情報の化け物とどう戦うのか。



事前に言っておく。
私はどれほどがんばっても007シリーズには従うと決めている。諦めていただきたい。



オープニングからもうしびれっぱなしである。
民族音楽をバックにメキシコの街中を歩く仮面の男と、それを追いかけるように動く仮面の男女。男がビルへ入ったのを見届けて向かいのホテルへ入り、仮面舞踏会の中をすり抜けて部屋へと入る。
マスクを取ってボンドの顔が出てくる時、民族音楽がアレンジされた007のテーマへと変わっていくのはもうトリハダモンだ。

『クレイグ』ボンド初のガンバレルシークェンス、凝った映像つきのテーマミュージックとクラシカルな007のお約束は現代映画ファンにどう捉えられるか分からないが、旧来からのファンならニヤニヤが止まらない流れであろう。

ようやくガンバレルシークェンスが出てきたことから考えるに、カジノ・ロワイヤルから続いたボンドが007へと成長する物語としての区切りとなる作品である。それゆえにアクションは派手で、少ないながらも特殊アイテムに見せ場もあって懐かしい007を見ている感じだった。
嗚呼、300万ポンドか魚のえさに(笑)

知人のブログで見た「ジェイソン・ボーンを思わせるスパイアクションが、中盤から『ムーア』ボンドになる」という評価はあながち間違いではない。それに何の問題がある?


スペクターは『クレイグ』ボンドの成長を描く四部作の区切りとしての面のほかに、もう一つ旧体制の破壊の側面があると思う。
Mが代替わりし、Qが新生し、マネーペニーも代わり、最後には旧体制を象徴するものが文字通り破壊される。そりゃもうこてんぱんに。

むべなるかな。
007がかつて対峙してきたソ連などの冷戦時の仮想敵はもはやなく、麻薬王あたりはそろそろ架空の存在としても敵に回せない。
そもそもにして原作ではスペクター自体がスメルシュというソ連主体の公的機関だったのを、ソ連からの抗議を恐れて変更したものだ。
敵組織も情報がらみのものが多くなってきたのも時代の流れ、殺人許可証など時代遅れといっても過言ではなかろう。

しかし、Mははっきりと言い切る。
「殺す権利とは、殺さない権利でもある」

スパイも変遷していく。007はどうか?

「James bond will return.」の一文を信じて待つことにしたい。
その時にはあのクラシックなアストン・マーティンを無事にQの元へ戻してほしいものだ。


最後に。
Qにはジョン・クリースを格上げしてもよかったんじゃないかなと。

2015年12月7日月曜日

だらだら流し

気が付くと何の変哲もない日常を過ごし、ブログを書くのを忘れてしまっている。

正確に言うならず~~~~~~~っと艦これのイベントやってるだけなのだが(苦笑)、それ以外は全く普段と変わらぬ日常である。


今年は雪が遅かった。のみならず週間天気予報にはプラス二ケタの最高気温がいてけつかる。暖冬か否かは来月が決める。


こんなに初雪が遅いのも数十年ぶりだという話を聞いた。
思い出したのは、学生時代の二学期の終業式に自転車で通学した記憶である。その年が数十年前の異常気象なのだと言うなら、また珍しいことを覚えているものだと。


まだ新しいスタッドレスが届いていない。どうせ冬の間は安全運転だけど、精神的に落ち着かない。
師も走る十二月。のんびり歩いていこう。

2015年11月26日木曜日

【映画感想】コードネームU.N.C.L.E.

連続三本の映画感想となってしまい、ラリーどころか自動車の話もロクにしていない昨今、皆さまいかがおすごしでしょうか。

でも今回も懲りずに行くぜ。見てきたのは『コードネームU.N.C.L.E.』だ。


時は1963年。東西の冷戦が緊張感を増し、その接点であり最前線でもある東西に分かれたベルリンに壁が立ち上がった時代。
そんな難しい時期に東ベルリンを訪れた男がいる。
彼はCIAのるエージェント、ナポレオン・ソロ。核科学博士の娘ギャビーを亡命させ、父親が行っている新型核爆弾の開発を止めることが目的だ。
いざ脱出の段階に入った時、手荷物に盗聴器が仕掛けられていることに気付く。
KGBの追手は恐ろしい身体能力でソロとギャビーを追い詰めるも、すんでのところで壁越えに成功した。

次の任務の説明中に現れたのは、最年少でKGBに入隊したエージェント、イリヤ・クリヤキン。先日東ドイツで派手なチェイスをやらかした相手。

「まことに残念だが、アメリカとソ連が手を組むほかない」

ギャビーの父は東西どちらも関わらぬ場所で新型核爆弾の開発を行っていた。居場所を知るものは彼の兄弟にしてギャビーの叔父のみ。完成した核爆弾はナチスの残党に渡される。最悪でも核爆弾の運用は阻止しなければならない。
その上でギャビーの父を保護し、彼が核開発のデータを記録したディスクを回収すること。

ディスクの回収のためには相手を殺してもかまわない。

元金庫破りにしてプレイボーイ。有能な問題児、ナポレオン・ソロ。
驚くべき身体能力を持つが精神面に不安を持つイリヤ・クリヤキン。

世界の運命は二人に託された――。



冷戦の只中を舞台にしながら東西対決にせず、あえてナチスの残党を引っ張り出してきたところはかなりの好物。そして彼らは吸血鬼を従えて南米へ逃げるのである。
そしてナチスと対峙するために東西が協力するシークェンスなんかはもうたまらない。おかげで原作キャラのソロとイリヤが望まぬ協力体制を強いられる、バディムービーならではの対立も無理なく作り上げた。

主役二人の対比もいい。

犯罪者でありながら恩赦のためにスパイとして活躍するソロは、かつて第二次大戦時には従軍先のドイツで美術品専門の盗賊を行うなど、己が立ち位置を私用する描写がなされている。
そこはCIAにおいても変わらなかったようだが、お目こぼしもあって現状維持。ちょろまかした予算で服や装飾品に糸目をつけず浮名を流すことにも余念がない。

かたやイリヤはといえば、もともと良い家柄だったものが父の横領によりおじゃん。その後の収容所暮らしを経て家柄を取り戻そうと自らを抑圧した結果、精神面は未熟でもろいものの最年少でKGBに入隊できるターミネーターのごとき肉体と知識を持つにいたる。

そう、スパイ映画としては稀有なバディ・ムービーなのだ。


この二人を、当事の音楽と背景とファッションが包む。

頑張って当時の雰囲気を再現しようとするのはいい姿勢だと思う。おかげでカーチェイスシーンが少なくなっても仕方ないだろう。出てる車両はほとんど全部実走可能なホンモノだろうし。

カーキチのみなさんお見逃しなく。先代ムルティプラのタクシーなんてコアなものから、サーキットを走るフォーミュラ系に至るまで実走車。
強いていうなら序盤でカーチェイスに使いお茶目にクラッシュさせるトラバントにレプリカの疑いを持ったのだが、1991年まで製作していたことと2007年に復活するような話があったところから、当時モノとは言えなくとも修理しやすいモデルだったのだろう。


シナリオには満足している。
この手の複数の裏方が陰で静かにぶつかり合うタイプの映画では、その裏方の動きを把握あるいは推測するのも一仕事な作品も少なからず見受けられるが、この映画はガイ・リッチー監督の前作『シャーロック・ホームズ』シリーズでもやったようにいくつかの場面において分かりやすくプレイバックしてくれる。
おかげで観客はシーンにかじりついて覚える必要はない。肩の力を抜いて楽しめると思う。


ジョークに関しても満足だ。なぜこのシーンで大声で笑えないのかと悔やむくらいだ。
生真面目なイリヤが閉鎖された湾内で必死にボートチェイスを行う一方、ボートチェイスどころかボートから脱落したソロは近くに止まっていたトラックで身なりを整え、好みの音楽を聴くためにラジオを付け、あまつさえ運転手のものらしきサンドイッチやワインに舌鼓を打ちさえする。この対比と来たらもう大喝采である。これこそバディ・ムービーの見どころだ!(笑)


そしておそらく多く語られるであろう今年度のスパイムービーの傑作のひとつである『キングスマン』との対比も、うちでも語っておこうと思う。

キングスマンのコンセプトは「60年代のスパイとスパイムービーのテイストを現代劇に蘇らせる」である。
対してコートネームU.N.C.L.E.は「現代映画の文脈で、60年代のスパイムービーをリメイクする」だと感じた。
なのでキングスマンではパリッと決めたスパイそのものが現代から浮いて見えることを承知した上で、あえて周辺にチンピラピラとした人物をちりばめたことで紳士たるキングスマンを浮き上がらせた。現実離れしたキングスマンのアシを地に下ろすのはコリン・ファースの重厚な演技による。見事。
コートネームU.N.C.L.E.では、冷戦という背景もあってスパイはそこまで日常離れしているわけではない。伊達男がスパイをしていることが日常離れしているだけだ。

どちらも楽しめる仕上がりだ。よきかなよきかな。


最後に。
この映画のラストシーンはイスタンブールで終わる。
しかし原作の『0011ナポレオン・ソロ』の日本未公開の第一話は、イスタンブールから始まるのだ。
リブートではあるがあえて舞台を現代にしなかったのは英断だろう。続編も期待したいところである。ロシア語の勉強が実ったかすごく気になるし(謎)


そしてネタバレ的なネタを区切ってポロリ。




2015年11月8日日曜日

【映画感想】トランスポーター・イグニッション

ひとつ。契約は厳守する。
ひとつ。名前は聞かない。
ひとつ。荷物は開けない。
自分にルールを課す凄腕の運び屋フランク・マーティンは、依頼人と荷物のピックアップを依頼される。
待ち合わせ場所のモナコ銀行前に到着すると、乗り込んだのは三人の女性。

人質となったフランクの父の身柄と銃で契約は無理矢理更新され、フランクはロシアンマフィアとのもめ事に首をねじ込む羽目になる。



あれ、フランクやせた?
違う。主人公とっかえたリブートものだ。
ただし短く刈り込んだ髪と無精ひげにダークスーツを合わせ、精悍なイメージを持つ俳優を選んだ結果、どうしてもビジュアルがジェイソン・ステイサムに寄ることになった。
似てしまったことをどう考えるかは人それぞれだろう。しかし私はどうしてもジェイソン・ステイサムと比べてしまい、線が細くなったことに軽く落胆するのだ。

刈りこんだショートヘアと無精ひげってハリウッドのトレンドなんだろうか。ポール・ウォーカーなんかも晩年はこっち寄りだったような。


そしてクールなようでいてお人好しなフランクは、自分で決めたルールを破るか破られたときに厄介ごとと同衾する羽目になるのである。どう巻き込まれるかは劇場で。


カーチェイスには圧倒するようなパワー感は足りないが、アウディS8が道路狭しと振り回される様子は007シリーズにも通じる優雅さを覚える。そしてけちょんけちょんに蹴散らされる地元警察の残念ぶり。残念なのはもうワンシーンくらいカーチェイスを入れてほしかったかなーと。


最後に、カーアクションと並ぶトランスポーターの華のはずの格闘アクションには軽く落胆した。

全編見ればよく動いている。しかしアクションを理解するのは難しかった。
短いカットをスパスパと切り替えていくハリウッド流アクション撮りを流用するのは構わないと思う。ただしそのカットがあまりに細切れでカメラアングルが動き回るため視点が定まらず、シーンのつなぎもあまりうまくなく、結果として立ち回りが全面ぶつ切りに見えて仕方がない。
一対多のシーンやそこにある小道具を流用するファイトでぶつ切り傾向がひどい。まあつまりこの映画の格闘シーン全般がそんな感じ。

ひょっとしたら新フランク役のエド・スクレインがアクションシーンに慣れていないせいかもしれず。カット単位での見せ方を覚えたら化けるんだろうか。

アクションシーンの評価が辛いのは、今年のアクション映画が数年来の大豊作なせいだろうと思う。しかも直前に見たのはジョン・ウィックだしなー。


話そのものはけっこうおもしろい。敵味方ともに過去の因縁に振り回されるというトランスポーターに例のないストーリー展開で、二転三転しながら描かれる復讐劇に見入ってしまう。

それだけに格闘シーンの微妙な不出来が惜しい。本編中、そこだけは改善を要求したい。



2015年11月1日日曜日

【映画感想】ジョン・ウィック

彼は愛する女性とともに過ごすために、五年前、仕事を替えた。
彼は、その女性に心配されるほどスポーツカーに愛着を持っていた。

その女性が病魔に倒れ、彼がスポーツカーに傾倒することを心配した女性は、最期に子犬を送った。
彼は、その子犬とともに生きようと思った。

ロシアンマフィアのドラ息子に目をつけられたスポーツカーごと、子犬の命を奪われるまでは。

彼は全てを失った。

彼の名はジョン・ウィック。
五年前に引退した、殺し屋を狩る最強の殺し屋だ。

「誰もが『復活か?』と聞く。ああ、戻ってきたぜ!」

全てを失った殺し屋の復讐劇が始まる。



ああそうだ。戻ってきたな。
こんなキアヌ・リーブスを待ってた!!


キアヌ・リーブスが使うのは『ガンフー』と呼べる銃を伴う格闘技である。

ちょっと鼻の利く映画好きならリベリオンの『ガン=カタ』を思い出すだろう。
だがガン=カタが近接戦闘に二丁拳銃を持ち込むための手段だったのに対して、ガンフーは銃撃戦に格闘を組み込むという感覚である。

左手を重ねるように乗せた右手で、顔の前で拳銃を握る『Center Axis Rerock SYSTEM』というi接近戦向けの持ち方を行う。分かりづらければゲンドウポーズの右手に銃を握ると考えればいい。
方向転換のときにも銃を振り回す必要がなく、狭い場所でも素早い行動が可能になる。左右へのターゲットチェンジでは方向転換すらしなくてもいい。両手の中で銃を持ち帰れば済む。

一対多の戦闘においては、まず一番近い(不幸な)ターゲットに肉薄し、体術で制圧し無力化する。近付くのが困難なら一発撃ち込んでから接近する。音に気付いた他のターゲットが対応を考える間に二発以上打ち込んで仕留め、改めて制圧しているターゲットに弾丸をぶち込むのだ。
弾丸が尽きたら? リロードは体術で無力化しているうちに行えばいい。

画面に映えるカートのばらまきもやらない。無駄な二丁拳銃もやらない。それでも壁越しの射撃を察して回避と反撃かましたり、バック全開で跳ね飛ばした敵が車の屋根の転がるときにアサルトライフルで追撃してたりする。
地味なんだが、荒唐無稽だ。


過去とスポーツカーへの愛着を言葉なく綴り、失った妻への思いも描く。
引退したはずの『仕事』も半ば望んで、半ば強制的に復帰させられる。何より白眉なのは「復讐するは我にあり」を双方ともに通そうとして通せてしまう不条理である。


ズタボロになったジョン・ウィックが、日常へ戻ろうとするシーンが最後にある。

もう取り戻せない日常。欲しても戻らない日常。それでも戻りたかったんだ。


映画を見て損をするかって? アクション映画が好きなら見ない方が損をすると思うね。

2015年10月25日日曜日

VW排ガス問題を愚考する

まず大前提。私はVWのラリー撤退は避けてほしいと願っているしがないラリー好きであるが、排ガス問題に関してVWを擁護する気は一切ない。そこを踏まえてもらえると幸いである。


その上で誤解を恐れずに言うなら、排ガス対策や燃費改善に関してはどんなメーカーでも大なり小なりセコい手を使っているモノである。
何しろテストコースや走行パターンなどは条件の統一もあって公開されている。試験範囲どころか問題が分かっているのに試験対策をしないヤツはいないだろう。いたとしたら悪い意味での馬鹿だ。
燃費をよくするためには、指定された走行モードに最適化したプログラムを組んでエンジンやATを制御すればいい。
MTはギアポジションすら指定されるがATでは固定が不可能だという裏を突いて、シフトタイミングもテストに合わせて最適化する。おかげで実質燃費はともかくカタログ記載上は『MT<AT<CVT』となるわけだ。
「車両からの指示でシフトしてもらえればMTでもATに迫る燃費を出せます」とエンジニアが答えた例もある。MT車両から見れば走行モード指定こそが燃費を落とす原因だという話。


もちろん燃費改善は設計からも行われている。
最近採用数が増えている電動パワーステアリング、これも燃費改善策のひとつ。エンジンパワーのロスを減らすことが燃費改善につながるんだそうな。そこで浮くエンジンパワー、実に3%。

そんなことの前にロックアップしてないトルコンで10%くらいロスしてたり、CVTでも構造上すべりやベルト圧着のための油圧で損失出たりするのはどうにかした方がいいと思う。
それでも燃費が(書類上)MTよりいいのはテスト用にプログラムを最適化して効率のいい部分のみ使えているおかげだ。CVTはより顕著で、無段階変速をいいことに最適化の嵐だとか。

更に設計レベルなら日本での燃費削減達成率もだ。
日本の制度では車重によって燃費目標が決められるのだが、目標値は階段状になっている。車種によっては専用の燃料タンクを作ってまでその階段に落とし込むってんだから堂に入ったものだ。

その上声を大にして宣伝に使う低燃費車は数値スペシャルみたいな低燃費グレードを準備してたりする。豪華な装備をつけず、あちこちを快適性や便利さを犠牲にした実用性の薄い、まずカタログでしかお目にかかれないモデルだ。
声高に『燃費○○キロ/リッター達成!』なんて広告に出すモデルはほとんどそう。そこまでして数値を引っ張りたいかと。

ただし低燃費にこだわる理由は分かる。
少しでも燃料の消費が減れば、それだけ排ガスの汚い部分は少なくなる。浄化システムにかかる負荷が減るのだ。


ここまでの工夫は「問題が分かってるんだから最適解を出せるよう準備しておく」ものだった。
さあお待ちかねVWの問題へ移る。
彼らがボッシュと組んでやらかしたのは「回答記入済みの答案用紙をテスト会場に持ち込んだ」ようなものだ。
パワーダウンと引き換えに排ガスをきれいにするプログラムを準備しておいて、テストモードと判別できたら切り替えるなんて普通はやらないだろうことをVWはやってしまったのだ。プログラム提供元のボッシュは実走時には使うなと宣告してたらしいんだが、当然ダチョウ倶楽部的なフリだろ?
そもそもその辺のモード変更の仕込みだってある程度ボッシュがかかわってるんだろうし、宣告自体もあやしいものだ。

VWがやったことは当然まずいわけだが、やったところがアメリカって環境ファナティック国家でやらかしたところがまたまずい。
自国メーカーどころか世界中でホンダしか期限内に達成できなかった排ガス規制『マスキー法』を始め、アホほど環境にうるさい国である。

そのくせ環境テロリストは排ガス清浄化の名のもとに、ガス喰らいの筆頭だったハマーH1を盗んで野焼きするくらい環境に無頓着だったりするんだが(実話)

アメリカのファナティックな大気浄化法をクリアできた日本のメーカーが、なぜアメリカでディーゼルを展開しなかったかをVWは忘れていたようだ。
アホほど環境にうるさい国でディーゼルを売りたいがためにチートをやらかしたんだとしたら相当のアホウだ。訴訟大国アメリカでガリガリと訴訟と賠償の嵐に巻き込まれていただきたい。

おそらくはこれまでの利益どころか本社がススになるくらいまで絞り取られると思うがな。


ちなみにVW、日本には並行輸入以外でディーゼルを輸入していない。日本の排ガス規制とそのテスト法はそこまで厳しいのだ。



2015年10月11日日曜日

変哲もない日常

先月のイベントが終わってから、どっかしら抜け殻になってるような気がする。

映画もジョン・ウィックまでお預け状態だし、数年ぶりの遠征はメインイベントをキャンセル喰らったために自分で叩き潰した。来週は仕事がらみで県内遠征するが、明日もとい今日のイベントはお声がかからずおとなしく仕事することになる。

どっかで遠征分の穴埋めを考えないとならん。こういうことばかり予定が積もって消えていかない。


何かした方がストレス発散になるんだろうか。


自分探しでもしてみる? 自分ならいつだってここにいる。

2015年9月23日水曜日

プリウスαに乗ってきた

今回の試乗はプリウスα。ただしディーラー行っての試乗ではなく、レンタカーを借りての試乗となった。
まあしょうがないよね。私のHT81Sじゃ快適な移動は4人までだから、6人移動となると借りるほうが手っ取り早くて。


最初は助手席で感覚を試す。
と言うと聞こえはいいが、運転席が指定席の日常を過ごしていると、助手席に乗るのに若干の違和感がある。車両感覚を普段通りの運転席側で取ってぶつかるかと身をすくめたり……(苦笑)

真っ先に感じたのは静けさ。
EV走行してるときだけではなくエンジンを併用するときでも、音ではそう気づけないほど静か。
耳を澄ませば加速に合わせて変動するインバータの高周波音はわかるし、エンジンが動くときの身震いや排気音もわずかながら実感できるものの、会話を邪魔できるほどの音は未改造ならばどうがんばっても出なさそう。思った以上の静けさだ。

これは確かに静か過ぎて歩行者に気づかれまい。納得。
住宅地じゃ走らせるとうるさいと言われ、歩行者からは静かすぎてわからないと言われ、自動車はまっこと日陰の存在である。


序盤の運転を友人に任せてしまった結果、峠道からクソ狭い漁村までを日ごろ運転していない友人に任せてしまう形となったことは反省ポイント。


昼食後にハンドル交代。
ざっくりシートポジションを合わせて前後左右の確認。
うん。助手席でも感じてたけど、エアロダイナミクスにこだわった結果の副産物か見切りはかなり悪い。特に前は見えないところがなだらかに伸びてて思ったよりも長い。
後方も見辛いけど普段はルームミラーに後付けのワイドなの使ってるからそこは我慢する。


では発進。っと?
「うおぅ、出足悪っ」
「だよねぇ。踏んでも速度が乗らない感じ。どうもスタートがまだるっこしい」
速度を乗せてしまえば加減速に不満はないものの、ゼロスタートが想像以上にトロい。後ろに誰かついてたら意識してワイドにアクセルを開けないとならないレベルだ。
しかし、このトロさに関しては使い方を知らない我々がエコモードのまま走り続けていたためのものだ。プリウスの名誉のために言っておくが、エコモードを解除した時の走りは少しトロいAT車レベルの加速を見せてくれた。
ちなみにパワーモードは試し損ねた。

エコモードでの走行に限って言うなら、後続車に迷惑をかけないよう燃費を稼ぐことを意識してアクセル開度を調整するのはそれなりに面白い。通算燃費の数字がわずかずつ上昇していく様子を見ながら走るのは、何と言うか、インテリジェントな楽しみ方だと思う。
だたし、おそらく燃費優先で走らずともプリウスの燃費はかなりいいはずだ。


ではハンドリングはどうかと言えば……どう言ったらいいんだろうか。特筆できることはないように感じた。
ハンドルを切る。曲がる。うん曲がったねぇ。車重があるなりに反応は鈍いけどちゃんと曲がるよ。
それで?
楽しいかと言われれば過不足なさ過ぎて平凡かなあと。
あの車重で軽快にひらひら曲がる車に仕上げられてもそれはそれで困り者だが、おそらくは普通のドライバーには必要十分なのだろう。
かといって足回りが格段にいいわけでもなく、落ち着いたハンドルマナーは車重に由来するものだろうという想像がつく。
ハンドルを握ってワクワクする感じはない。燃費稼ぎの楽しみは、むしろハンドルでの楽しさが足りない分よそに楽しみを見出そうとした苦肉の策だったのかも。


特筆すべきは燃費である。
通算燃費ではリッター20kmの数字を出していたのだが、いざ180kmほど走って給油したところ4リッター入らなかった。驚きのリッター60km!!!(笑)

満タン法計測の弊害の一つでもある「ギリギリいっぱいの量が給油者の技術で左右される」がモロに出た数字だと思うが、それにしてもけっこう走って500円くらいの燃料代で済んでしまったことは驚きだ。
レンタカーで長距離を走るときに、若干高くはなるがハイブリッドを選ぶのも選択肢としてありだと思った次第。


でははてさてこの車を所有したいかと言えば困るところだ。
困ったことに近年自家用車での走行距離が減り続け、年間5000km程度しか走ら(れ)ない自分に過度な燃費対策済みの車は無用だろうと。
何しろ燃費の他に楽しみがない。燃費がいいから長距離を、なんて考えも仕事での拘束が許してくれない。低燃費そのものが無駄な生活をしているのに、この車両代はかけていい範囲を超えていると思うわけだ。

普通なら何も考えずに走って低燃費という自動車は歓迎すべきなのだろう。
だが、プリウスには私の心をつつく甘美な要素が足りなく感じるのだ。

だったらHT81S乗り続けるよと。
HT81S以上に費用対効果高く琴線をかき鳴らす車は見つかってないのだから。



2015年9月18日金曜日

【映画感想】キングスマン

イギリスはロンドン、サヴィル・ロウに一軒の老舗の仕立て屋がある。名はキングスマン。
しかし、キングスマンの正体とは、とはどの国家にも属さず人知れず世界の危機に立ち向かう超国家的諜報機関のことである。
キングスマンとなるための第一条件は紳士であること。よってこれまでは上流階級のものばかりがキングスマンとなっていた。

キングスマンは世界中で作戦を行うが、作戦中の死亡においても、家族に伝えられるのは死んだという事実だけだ。
どの作戦でどのようにということも伝えられない。初めて平民からキングスマンになれる可能性のあった逸材が、仲間をかばって死んだときでもだ。

しかし守られた側は、命を救われたことを忘れなかった。


彼の息子エグジーが街のチンピラになったときにも救う手立ては残していた。

「マナーが人間を作るんだ」

友に守られた恩義に報いるため、ハリー・ハートはエグジーにキングスマンへの道を示す。


その陰で、IT長者のリッチモンド・ヴァレンタインは地球環境保護のために人類を減らす妄執にとらわれる。
激しい選民思想の下に彼が思い描く計画と手段は?

キングスマンは彼を止められるのか?

「人は生まれた家柄で紳士になるんじゃない。学んで、紳士になる」

エグジーは意志を継いでキングスマンとなれるのか?



えーと。まず注意事項。
R15なんで子供が見る危険性はないと思うけど、連れは選ぶべきだと思う。ジョークは黒いしネタがキワドすぎる。
だが、その辺を飲み込めるならば腹を抱えて笑えるネタがきっとあるはずだ。スウェーデンの女王wwwww


そもそも私は中期007シリーズやミッション・インポッシブルあたりのギミッキーなスパイアクションは大好物である。
特にスパイエージェント諸君が国家のしがらみにとらわれ、あのIMFですらCIAの下部組織となる昨今、ギミックを多数使い倒す超国家的諜報機関なんて愛すべき存在だろう?
しかも己を律するのは『紳士たれ』の心構えだ。
惚れろよてめぇら。
国家や組織のしがらみからもがいて抜け出して、それても世界のために活躍するスパイアクションはもちろん大好物だろう?


道具としてのギミックもそうだが、ストーリーとしてのギミックもいろいろと練り込まれている。
仕立て屋が諜報機関を運用する理由も無茶ながらそれなりに筋は通ってるし、ゆえにスーツがキングスマンの鎧であるという筋立ても面白い。

何よりこのスーツも含めたファッションセンスがバタくさくも決まっており、初期の007に通じるスーツがカッコよかった時代のスパイものの感覚が色濃く残っている。

仕込みナイフ入りオックスフォードシューズなんて古典的アイテムも披露するかと思えば、盗聴器は指先で服に張り付けられるほどの小型のものだし、位置追跡ジェルをワインに仕込んで追尾する等ガジェットの進歩もまた面白い。


そして、それらを使いこなすハリー・ハート役のコリン・ファースがこれ以上ないって程キマっている。
ムービーヒーローのスパイが伊達男だった時代のカッコよさと、やや古典的ながらキマりまくった紳士の装いが、イギリス演劇仕込みのやや過剰な演技によって重厚にまとめ上げられる。
アクション映画初出演とのことだが文句のつけようはない。

キングスマンに対抗するのがリッチモンド・ヴァレンタイン役のサミュエル=L・ジャクソン。軽薄ながら劇場型犯罪を踊るようにこなす様子を、過剰なまでの演技をもってやってのけた。

そこに割って入るエグジー役のタロン・エガートンは、本作が大作初出演のはずなのに、頼りなく環境に流され続けた若者から半人前のスパイになる過程を演じ切って両者に消されぬ存在感を示し続けた。


懐かしいスパイ映画を、現代風アクションで再現する。
007ですら失いかけている無理難題をキングスマンはやってのけた。

何よりかつてのスパイアクションに対する愛もあふれている。

大丈夫。アクション映画フリークも、スパイ映画マニアも、この映画をしっかり見ておけ。
ぐうの音くらいなら聞いてやる。私は出なかったがな。



2015年9月11日金曜日

五十年に一度の災害に備える

昨日の段階ですでに大事ではあったわけだが、一夜明けても鬼怒川決壊の状況はひどさを増していくように感じる。
相変わらずネットではデマ半分事実半分の流れが出来てしまっていて、外様の人間としてはせめてデマを拡散しないことを心がけるしかないのである。

個人的なことを言えば、父方の親戚が宮城におり、被害地域にかすっている家庭があるらしいので、そちらが被害に遭っていないかが心配なくらいだ。

閑話休題。

数十年に一度の災害というのは、それにぶち当たることも想像が出来なければ、そこからの復旧も想像を超える苦難であろうことくらいしか考えが及ばない。

自然は人の想像をたやすく飛び越える。これまでの経験に基づく対策が及ばないこともあろう。
それでも備えは必要だ。備えるべきである。



職場のそばを流れる川の護岸改修工事が行われたのは数年前のことだ。
「五十年に一度の水害に備える」というお題目のもとに、見慣れた護岸は飛来していた野鳥もとろも姿を消し、同時に行われた県道の拡幅工事で職場は移転を余儀なくされた。

当時は憤ったものである。人の手で自然を征服でもするつもりかと。

だが、これも備えであろう。
ならばなるべく無駄に終わるのが一番いいのだろうと思う。

野鳥は戻ってきたしな。

2015年9月5日土曜日

ロストテクノロジー

先日グーグル検索で飛び回っていて面白いものを見つけたので、ちょっとブログ記事にしてみる。
キーワードは『ロストテクノロジー』。


ロストテクノロジーとは「現代までのどこかで伝承の途切れた技術」のことで、ざっくり二系統に分類できる。


一つは技術の伝承が途絶えるもの。
技術を守ろうとして秘密主義を貫いた結果伝承が十分に行き届かず後継者が育たなくなるもの。権力などの後ろ盾が戦争や侵略で喪失したり必要な原料が取れなくなるなどの環境の変化によるものがある。

もう一つは新技術による駆逐。
旧来の技術がどれほど優れていようと、手軽さとコストに勝れば旧来の技術はじんわりと失われていく。気が付いたときには旧来の技術を知るものは伝承するに足りず、喪失を免れない。


双方に共通することとして、一度失われた技術の復活が不可能なことだろう。
現代科学の分析と当時の文献の解析で似たような技術を復活できても、それを当時のものと比較する手段がない。失われたものは大きいのである。


有名なところだとストラディバリウスのバイオリンが該当する。
技術の断絶もそうだが、値段が値段だけに科学分析にもおいそれとかけられない事が再現を難しくしている点は苦笑してしまう。


ロストテクノロジーはしばしばオーパーツとセットで語られる。
オーパーツとは『場違いな工芸品(Out-Of-Place-ARTifactS)』の略称で、当時の技術レベルで造れるかどうかが不明であったり、現代の眼で見ても製法や用途が不明であるものを指す単語である。
もちろんオーパーツの中には当時の技術に対する誤解によるものも含まれていて、謎が解明されているものも少なくない。


そんなオーパーツのひとつ『ダマスカス鋼』の製法は立派なロストテクノロジーである。

ダマスカス鋼と言えば波打った文様が特徴で、ホームセンターでもダマスカス鋼をうたった包丁があるくらい有名だ。

しかし、このダマスカス鋼の製法は19世紀に失われている。
現代の技術者が文献や材質を解析して似たような合金を作り上げたものの、近年その製法ではありえない物質が入っていることが発見されて不正確な再現であることが証明された。何だよカーボンナノチューブ入りって。

ちなみに前述のダマスカス包丁は、複数の金属を織り込んで叩き合わせそれっぽい文様が出るようにしただけのものだ。
ただし、金属のすり減り方が違うので切れ味が長持ちするメリットがあることは否定しない。
似たような効果は鍛造の刃物にもある。
ダマスカス鋼は文様が見えやすくなるような加工を施すのに対し、鍛造のものは水平に層にしてしまうから見えづらいだけだ。


ちなみに日本刀にもロストテクノロジーが存在する。
江戸時代以前に作られた刀(いわゆる古刀)の中には、刀鍛冶同士の交流も増え製鉄技術も上がったはずの江戸時代の刀(新刀)より優れたものが多いとされる。
職人の秘密主義が技術の断絶を招いてしまったのか。


さて。
実はここ70年のレベルでもロストテクノロジーは立派に存在する。

それが戦艦の主砲の砲身だ。

ミサイルや戦闘機の発達により主砲での打撃戦が無用となり、戦艦クラスの大口径主砲を製造する意味がなくなってしまった。
そして70年を経た現代では技術の伝承が途絶え、製造が不能になっている。

近年旋盤が廃棄されたが、大和の主砲を作った工作機械のほとんどは休止であるが現存している。
しかし現在では工作機械を動かせても主砲の製造は出来ない。あれほどの長大な砲身を精密砲撃が可能なレベルで工作するには、アナログな工作機械のクセやコツを知り尽くした熟練工が必須なのだ。

少し前までなら大和の主砲を作った技術者が現役であったはずだ。
ちょっと前なら聞き取りも出来たはずだ。
それでもこういう形で技術の断絶は起こる。
失われたのが戦争目的の技術であることは複雑な思いを抱くものの、そういう技術を失えるほど平和だと言うなによりの証明なのだろう。


最後に。
戦艦の技術がすべて無駄になったわけではない。思わぬところで平和に利用されているものだ。

大和の主砲の旋回部分を作った技術者は、のちにホテルニューオータニの展望レストランを手掛けている。
眉をひそめる向きもあるだろうが、私個人としては、とてもいいと思っている。


2015年8月24日月曜日

【映画感想】ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション

IMFのトップエージェントイーサン・ハントは、お馴染みのチームの協力もあってVXガスのテロリストへの流出を防いだ。しかしその結果、シンジケートと呼ばれる犯罪組織がイーサンたちと対峙し始めるのだ。
死んだはずの諜報員に拉致されたイーサンは謎の女性イルサに助けられる。その陰でIMFの独断に業を煮やしたCIAがIMFの解体とCIAへの組み込みを宣告し、イーサンはほぼ単独でシンジケートを追いかけることになる。
シンジケートの目的は? 誰が何のために? 世界を巡るその疑問に、イーサンはお馴染みのチームで挑む。

例によって君もしくは君のメンバーが捕らえられ、或いは殺されても当局は一切関知しないから、そのつもりで。


相変わらずハイテクギミック満載のスパイアクションである。007がリアル方向に振れてしまった以上、こういうギミッキーなスパイものは希少だ。そして大好物だ(笑)
しかし、国境線を悠々とまたいで超すようなテロ組織を相手にするというストーリーそのものはかなりシリアスな展開なのに、細々と挟み込まれるワイズクラッキング的なジョークがいい味しているのだ。
運転中にバック全開で敵から逃げながら段差から飛び出す直前に「ベルト締めてる?」なんて聞かれても、その、なんだ。困る。

シナリオも好み。
特にミッション・インポッシブルのお約束を逆手に取った導入と、今回の敵ソロモン・レーンの登場の仕方は素直に一言「やってくれた」と思ったものだ。

今回の一番の成長株はベンジーだ。もちろん現場経験ではイーサンに及ばないが、凄腕エージェントに憧れる技術屋から対等な仲間へとクラスアップしている。ぶっちゃけるとルーサーやブラントは初登場時からある程度完成されたエージェントなので、成長の余地があったのはベンジーだけという事情もあるのだろうが。
相変わらずマスクへのこだわりはあるようだ。残念ながらマスク活躍の場には居合わせられなかったッ田が。

あとは事故現場でこれ見よがしに落ちてるサングラスなんて小道具は、トム・クルーズを知っているとお約束にしか見えないのである。大丈夫、ちゃんとお約束は守るよ。


ややイーサン無双の気はあれどスカッとする内容で、結構入り組んだシナリオをほぐしていく様子は気持ちいいの一言。
シリーズを追っかけてるなら見ておくべきだし、アクション映画好きなら旧作を見てからでも損はないと思う。おすすめです。


しかし、私だから言えることがある。そこそこネタバレなので折りたたむ。



2015年8月17日月曜日

リブートという誘惑

近年、映画はリブートが流行している。

ターミネーターはそのタイムトラベルというギミックを生かしてシリーズナンバーこそ維持しているが内容はリブートそのものだ。
バットマンは古くから何度もリメイクされていて、近年ではバットダンスで名を馳せたバットマンからの流れとビギンズ以降の三部作、そして来年スーパーマンと対峙しジャスティスリーグへ合流する新シリーズを作る。
スパイダーマンもサム・ライミ版や投げっぱなしアメイジングを経て再リブートの話がある。

スタートレック、ジャック・ライアン、007シリーズ、ロボコップあたりもそうだ。ネタの枯渇か、オリジナルを通せない苦しさか。


そのあたりは、まあ、いい。事情は分からんでもない。


しかしファイブスター物語。君のリブートの仕方は何だ。
ゴティックメード制作で9年お休みしたかと思えば、デザインラインや用語が違う話をものの見事にファイブスターに組み込みやがりましたなコノヤロウ。
でもストーリーは維持と。何? また新デザインでアタマっから描き直すの?

これもある意味リブートなんだろう。なんだろうか……納得してたまるか!!
旧ラインのメカメカしいデザインが好きだっただけに、うにょうにょしてロールシャッハテストにも似た今のデザインはどうにも受け入れがたいのだ。

それでもたぶん買い続けるんだろうなぁ。嗚呼。



2015年8月8日土曜日

ずどん!

今週頭くらいにブログのアクセスがズドンと跳ね上がった。
どうやらツイッターでうちの記事が紹介された模様。趣味で作ったデータベースとはいえ、もちろん役に立つならそれでいいと思う。

ただ、状況が飲み込めずに「何が起こった!?」と内心どぎまぎしたのですよ。小心者ですんでここのおっさんは(苦笑)

2015年7月30日木曜日

【映画感想】ターミネーター ジェニシス

来るべき近未来。
スカイネットによる人類淘汰計画に、リーダーのジョン・コナーが予言めいた先読みで反撃を行うレジスタンスが起こす一大反撃計画は成功したかに見えた。
しかしスカイネットはこの敗北を打ち消すため、完成させていたタイムマシンで人型ロボット『ターミネーター』を過去に送り込み、ジョン・コナーの母親サラを抹殺する計画を実行していた。
レジスタンスの戦士カイル・リースはサラの身を守るために過去への遡行に立候補する。
遡行の直前、ジョンが謎の敵に襲われる。そして遡行中に見た映像――「ジェニシスがスカイネットだ」
戻った過去ではT-800同士が戦い、カイルはT-1000に付け回され、戦い方を知らないはずのサラ・コナーはバリバリの武闘派としてT-1000からカイルを助け出すに至る。

過去が変わっている。誰が。なぜ。

クラウドコンピューティングシステム『ジェニシス』が新たなるスカイネットとなる未来線で、カイルとサラは最悪の敵T-3000と対峙する。

過去は変わった。未来は変えられるか。


はい私の負け―。
勝ち目ないじゃんこういう内容突きつけられたらさー。大好物だもんタイムトラベルとか敵味方の入れ替わりとかさー。


ジェニシスもリブートものに挙げられる作品なわけだが、系統が全く違う。
リブートと言えばおおよそ二系統。これまでの作品をなかったことにするか、その前日譚に潜り込ませるかである。
前者の例でいえばアメイジングスパイダーマンやビギンズ以降のバットマン、後者はジャック・ライアンだろう。007でも『ブロスナン』ボンドが『ダルトン』ボンドを長期休暇明けという口実で否定しつつ再開したが、『クレイグ』ボンドは小説版1話目のカジノ・ロワイヤルをリスタートの舞台として選んだ面白い形となっている。

ではこのジェニシスはと言えば、どちらのパターンとも違う。
繰り返しがリブートによるものではなくタイムマシンによる別ルートをなぞるものだと明示してあるだけに、単純な繰り返しで終わらない。むしろこちらが過去の行動を知っている前提なので、どうなぞるかと構えているとT-1000とご対面して足をすくわれるわけだ。

そしてスカイネットのしぶとさと来たら。
タイムマシンによる歴史改ざんに対する修正に乗るとはいえ、ここまで来たら執念である。スカイネットないと映画成り立たんじゃんなんて無粋なツッコミは却下。


ターミネーターシリーズの不幸は1から2への流れが珠玉かつ良作過ぎたことだろう。
個人的には寂寥感あふれる3も4も好きなのだが、流れから見れば蛇足と取る人の方が多いだろう。4の続きはよ。

私はジェニシスも高く評価したい。
タイムマシンとというギミック、視聴者側が過去を知っていることを生かしたストーリー展開など大好物以外の何物でもない。
何のためのリブートだよ。目の前のことを楽しめばいいじゃないか。


と言うわけでちょっとネタバレあーんど映画の小ネタ。



2015年7月16日木曜日

【映画感想】アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン

久しぶりに映画を見てきた。しかも公開初週とかなんてマメさだ。
正確にいうなら「学生たちが夏休みに入る前に見に行っちまえ」なんだがそこは暗黙の了解で(笑)


アベンジャーズはマイティ・ソーの弟ロキの持っていた杖を取り戻すのに成功するが、改修の際トニー・スタークはアベンジャーズが宇宙空間で全滅すると言う幻覚を自分の不安を増加させられる形で見てしまう。
その不安を払拭すべく平和維持計画ウルトロンを実現するため、杖に埋め込まれた宝石の構造から人工知能を開発しようとブルース・バナーに持ちかけ、半ば強引に計画を進める。

完成した人工知能はトニーの開発した管理コンピュータ『ジャーヴィス』から計画の概要を説明されるが、平和のためにはむしろ人類が不要という結論に達し、ジャーヴィスを破壊した上で自らを自律稼働型アイアンマンスーツにコピーし杖を奪い逃走する。

より強力になるためにウルトロンは新たな体を求め、ヴィブラニウムによる肉体を欲する。

スカーレットウィッチがもたらす不安の増大と、それによるアベンジャーズの不破。
銃弾すらかわす最速の敵クイックシルバー。

アベンジャーズはウルトロンを止められるか。


例によって映画を見る前にストーリーがまるっとすきっと全編記載してあるWikipediaを見てはいけません。ゼロ・グラビディの時にも思ったけど、誰だ編集者。


ウルトロンの「真の平和に人類は不要」という考え、いやになるほどわかる。平和のために戦うなんてコンピュータからしたら不条理で不合理でしょうよ。戦いがなければ平和なんだから。

もちろん、だから黙って死ねと言われて納得はしない。抵抗の権利はある。


今回のカギを握るのはジャーヴィスである。正しくウルトロンの親であるがゆえに、一番の抑止力となりうるはずだからだ。


今回はウルトロンが人為的に自然発生したようなレベルのヴィランであったこと、敵味方の思惑が結構複雑に絡み合ってること、新キャラがかなりの数いた上に各々の利害関係で動いたことなどでシナリオがかなーりスパゲッティに近い。よくまあ破綻せず最後まで動かし切れたと思う。

そして動いたのは新キャラばかりではない。一般人のホークアイとブラックウィドウが動く動く。
ブラックウィドウとブルース・バナーとの恋愛、ホークアイの普段の生活やそれによる葛藤等々かなり好み。
前作でロキに精神操作された分スカーレットウィッチの精神操作に対応したり、一般人だからこそ言える戦いに対する心構えあたりとホークアイ大活躍。フラグ立てまくってて見てるとすごく不安になるもんだ。


まあまあそういう難しいことを考えてみるのはよろしくない。見ろ。すっきりするから。


しかしクイックシルバーがここでも出てくるとは思わなかった。俳優が違うから、X-MENと別路線を歩むって意思表示なのかな。
成長したなぁキックアス(笑)


最後に。
映画版マーベル世界では1キャラ1俳優を厳密に守ることにしたらしい。おかげでジャーヴィスの扱いに困ることになったのは見てもらえば納得してもらえるだろう。
まあおかげでファンタスティック・フォーのリブートは否応なくやる羽目に陥ったんだよなぁ。燃えながら空を飛ぶキャプテンアメリカもちらっと見たかったけど(謎笑)

2015年6月23日火曜日

久しぶりにPC環境をいぢくる

我が家のWi-Fi親機が故障した。
IS03のころにauからもらったHOME SPOT CUBEという、いろいろと困らせてくれたガジェットだったが、なければないで困る。

最初のファームでは原因不明の接続切断に困らされた。
何のきっかけかわからないがいきなり切れる。それもWi-Fi接続はそのままで、下流に繋げている有線LANごと上流回線に繋がらなくなるのだ。再起動するまで治らない。
おっかなくてネトゲに集中できなくなったはいい思い出(笑)

ファームウェアのアップデートでいつの間にか症状が治ったが、使っている当時はいつ起こるかわからない不具合にいつまで付き合えばいいか予想も出来なかった。

解決のために職場で死蔵していた有線LANハブを使うことにした。
ネットからの回線をハブで分割することで、仮にHOME SPOT CUBEでの接続が切れてもPCでの接続を確保し続けようと思ったわけだ。

成功した。ファームウェアの数度のアップデートの末安定したWi-Fiにも一息ついてしばらく安定運用していた。

そういう風に試行錯誤で使っていたHOME SPOT CUBEだが、安定運用できていたWi-Fiが故障で使えなくなると困るわけで。
何よりプリンタもWi-Fi接続だ。置物にするつもりはない。

さあWi-Fi機材を調べてみよう、と思ったところ……今のWi-Fi親機って標準で有線LANハブ機能内蔵なのね。
元々間に合わせのような形で挟んでいた現用有線LANハブの退役が決まった瞬間である。


現在我が家の無線LANは快調に動いている。とりあえずほっとしている。
次は配線回りかなぁ……臨時措置の臨時措置でかなーりすぱげっちで手をつけたくないくらいのカオスなんだが。

2015年6月16日火曜日

S660に乗ってきた

紆余曲折あったがS660に乗ってきた。
実のところ、不運続きで乗れないのではないかと危ぶんでいたのだが。

まず試乗車が市内に一台しかない。そりゃいいさ。生産が追い付いてない車両だもの、試乗車の割り当ては少なくなろうて。CVTオンリーも受け入れよう。

その一台が所属するのは市内中心部のディーラー。うん、そこにも問題はない。うちが市内のはずれと言うことを除けばな。

問題は試乗に行く時間である。

その一台の試乗車は系列ディーラーを持ち回りで移動しているらしいが、どこにあるかはディーラーで把握していない。かなりのツッコミどころである。
所属するディーラーの情報のみが公開されているためネットでも移動先の情報は出てこない。
予約していけばいいのだろうが何せ基本無休のお仕事持ち(涙)、当日どころか直前じゃなければ予定が立てられないから予約など事実上不可。
じゃあ時間が出来たらディーラーへ直行ともいかない。どこにあるか分からないのに行けるかと。

直前まで予定が立てられないから予約不可なのに、どこにあるかわからないから狙っての来店も不可能。
ハハッ。かなり詰んだ。


最寄りのディーラーが持ち回り先の一つであったことは幸運だった。時間が出来たら店先を通ってみて、S660があれば飛び込む。確率は低くても他に方法がない。

ほんの数日後に捕まえられたのは行幸と言っていいだろう。


改めて眺めてみると小さい、というか低い。トール系でヘビーどころかスーパーヘビークラスの軽自動車が増えていく中で見慣れない低さは、かなり小さく感じさせる。

見た目……うーん、見た目は後で。そっちは少々辛口に行く。

試乗おなしゃーす。
「コースは決めてないんで10分くらいで戻ってきてくださいねー」
うねくった道に行ける時間じゃないな。ちょい乗り決定ー。


まず乗りこむ。ちょと頭をかがめる必要はあったが知恵の輪モードにならず、頭をちょいと前に倒す程度で済んだ。横にクルマが止まっておらずドアを容赦なく全開に出来たおかげだろう。

シート低っ! センタートンネル高っ!
そしてセンタートンネルギリギリまで寄せられたシートのためにシートベルトのバックルを差し込むのに一苦労。分かってるよ体が硬いデヴだってことは。
その後シートを合わせて一息。ゆったりと乗れる運転席ではないものの、運転すると言う点に関してだけ言えば狭くはあるがきつくはない。困る点と言えば左手を8時くらいの高さにする癖があるので、肘がセンタートンネルに当たるくらいか。まともにつかんでないこちらが悪い。
低く座る運転席に合わせたペダルは向こう側に踏み込む感じで動作に違和感なし。スピードメーターはややギミック臭いがFIT3ハイブリッド程のおもちゃ風味を感じず。

中から見ると、左右はともかく上が見辛い。信号見るのに一苦労な予感。チャリの事故から考えると見辛かったら無理に見なくてもいいよって弁護士が言ってるんだっけ?

ではエンジンをかけまーす。スタートボタン。あっけない。
頭から突っ込んでたのでバックで出す。意外だったのは後方の視界。ダブルバブルを背負った視界に不利になりそうなデザインながら、少なくとも試乗の間はバックミラーで困ることはなかったと記憶している。

窓を開ける。明らかに後ろから聞こえるエンジン音はいいんだけど、あまり音質にそそられない。ああ鳴ってるなぁと確認できても心は躍らない。

久しぶりのCVTに悪夢が蘇る(笑)
唯一所有したAT車がCVTで、低燃費をうたったエンジンながら4WDが足を引っ張ったのか燃費が最悪だった。冬にリッター6.5kmとカタログ燃費の約1/3という呆れた数字を叩き出され、燃料警告灯が壊れて点灯したかと思ったくらいだ。

実際このCVTにもやはりいい感触は得られなかった。アクセルを話しても下り坂でなんとなく加速されるのは嫌。せめて速度キープでお願いします。
じゃあパドルで仮想段を動かしても、ちょっと置いておくとすぐオートに復帰する。結局エンジンブレーキはあまり有効にならず、図らずも私のCVT嫌いを加速させただけに終わる。

小さいだけに取り回しは悪くない。しかし、足回りのセットの関係か車体の関係か、荒れた路面での足さばきに不満が出た。もう少ししなやかにならんかなーと。

各種電子制御に関してはそこまで試すに至らず。というかそこまでドライバーの無茶を車両で吸収する必要があるのかと問いたい。


さて。降車して改めて外装デザインを見る。

この外回り、見れば見るほど現代版ビートである。
ビートにソリッドウィングフェースを加えるとこうなる、というラインからほとんど外に出ていないように見えるのだ。唯一新規に持ってきたのはリアのダブルバブルトランクくらいか。
頑張っているのは確かだが惜しい。
ソリッドウィングフェース以外を新規に起こして「これぞホンダが提唱する次世代のコンパクトスポーツでござい」とやってほしかったのだ。
ビートに縛られたくなかったから名前を変えたのではなかったのか。それともミッドシップスポーツならどう作ってもビートのラインから抜け出せないということなのか。
それとも乗ってしまえば外装は気にならないだろうっていう魂胆?


でも結論としては欲しい車の一つになるんだよなぁ。
理由は簡単。徹底した遊びグルマだからだ。

実用性はない。トランクには幌程度しか入らず、オープンエアの楽しみかいくばくかの荷物の二択しか出来ない車でいったい何をする?
遊ぶしかあるまい。それも、移動そのものを楽しむ遊びだ。
運転手くらいしか楽しくないだろうがそういう遊びだって正解だろう。

出先で遊ぶ道具を積んで現地で遊んで往復して、あげくに移動は苦行です同乗者は往復寝るから静かに走らせてください運転手だけ疲弊して苦労しましょう通り一遍の感謝しかしませんけど。
ごめん、前世でどんな悪行詰んだら休日をそんな艱難辛苦で潰される必要に迫られるの?

そもそも現地で道具がいるレジャーとか趣味にしてないけど、私は遠慮させていただきたい。
どうせなら移動も楽しみたい。ならばS660のような選択肢も十分ありだ。
移動も楽しみ、現地で遊び、楽しかったと戻ってくる。これが正しい『モノより思い出』の車使いだと思うのだがいかがだろう。

もちろん道具の必要な遊びを否定するつもりはない。そのために大型車が必要で所有するなら結構なことだ。そういう車でしか出来ない遊びもあるだろう。

積載領域のある大きな車ならいろいろな道具を積んでいける。楽しみも増える。
だが世の中にはフェラーリF40でキャンプに行く猛者もいるし、ポルシェでクリスマスツリーを運ぶ猛者もいる。何ならAZ-1やカプチーノに自転車を積載する猛者もいる。AZ-1の車内にモンキー乗っけた話も見た覚えがあるが発見できず。
自転車やバイクでキャンプに行くのは普通なんだから、積載量の多さが楽しみの多さと直結しないことは確実だと思う。

S660でしか出来ない楽しみも当然ある。そこは否定させないよ。
そして私は、大きな車よりS660を選ぶつもりだ。


そして同じような軽オープンとして比較の槍玉に上がるであろうコペンとの比較だけど、個人的にはS660に軍配を上げたい。
コペンの特徴であるハードトップ、その強度を出すための屋根のカーブが搭乗領域を狭めるのが気になるからだ。
実用度? たぶんどっちも同じくらいないよ。
強いて言うなら冬道でまだ大丈夫そうなのはFFのコペンの方だろうが、雪国でオープンカーオンリーでしのぐ勇者は少ないはず。だったらS660を選びたい。


2015年6月7日日曜日

スマホ次期展望

スマホをSHL23に変更しておおよそ1年半、まあそこそこ酷使してきたと思う。
IS03から考えると5年半シャープ製スマートフォンにお世話になってきたことになる。長いなぁ。

その上で、おそらく次はシャープから脱却する予定だ。


理由は3つ。

発色とバッテリー節約を歌うが、強固なちらつきの持病を持つIGZO液晶を見切りたいこと

電源ボタンの不良動作率がそこそこあるようだがメーカーで対策を行わなかったこと。もちろんうちでも引っかかった。

2013年冬モデル以降で行われるはずのAndroid5.0へのアップデートが、SHL23が対象外になっていること。


一番は電源ボタン。
スリープにしてから胸ポケットに放り込みたいのに、スリープを効かせるのに数十回電源ボタンを押す必要があるってどうなのさ。イライラMAXである。

ちなみに4年使い倒したIS03では物理ボタンに不具合が全く起こらなかったことは明記しておく。だからこそ次もシャープ製を使ったのにこのザマでござる。



そうだ。毎日毎日一発で充電状態にならない純正の充電スタンドもだ。しかも数ヶ月に一回は充電ランプを確認したにもかかわらず、すぐに解除されてたりとかな。

2015年6月1日月曜日

コーポレート・アイテンディティが破壊するもの

デザインや特性をメーカーで統一して自企業の独自性を強めるコーポレート・アイテンディティという動きがある。

例えば家電メーカーの同一部門で上位機種から下位機種まで可能な限り使い勝手を統一できれば、慣れ親しんだ操作感を捨ててまでメーカーを鞍替えするハードルは上がる。囲い込み戦略としても悪い考えではない。
何より一回デザインしてしまえばその後が楽になる。そりゃ機種ごとの作り替えは必要だろうが、一からデザインの再検討を行うより安く早く楽になるだろう。そういう目論見がないとは言わせないぜ?

もちろん自動車にもコーポレート・アイデンティティの流れは確実にある。

昔はライト程度の手直し程度で名前を変更し、ディーラーの販売チャンネルごとに車両を提供するような無茶を行っていた。しかもそれが普通のこととまかり通り、利益を上げていた狂気の時代があったのだ。
一番有名なのはハチロクのレビン/トレノ兄弟だろうが、今考えるとあの手間のかけっぷりは何かタガが外れたかと思う。リトラクタブルライトの3ドアハッチバックと固定ライトの2ドアセダンが兄弟車種って何かおかしいわな。
マークⅡやらターセルあたりの三兄弟とか知ってるのはすでにおっさんくらい。

乱売が終焉したのはバブル以降。
面白いくらいにあぶくは弾けたが、販売計画が数年単位で組まれる自動車メーカーはその爆発に律儀に全身飲み込まれた。
世間は不景気で、高級車(笑)な時代に仕上がってくるのはバブルに乗っかったお財布事情にそぐわない無駄な贅沢を施した車ばかり。バブルに踊って増やせば増やしただけ売れた販売チャンネルは、自動車メーカーの赤字をチャンネル分倍増してくれた。
チャンネルの維持すら難しくなったのに兄弟車なんかわざわざ用意していられない。同一メーカー内でバッジだけ張り替えて名前の違う別車種でござい、なんていうタワゴトはコストが許さなくなってしまったのだ。
チャンネルの統合、車種の統一、パーツの買い叩きや海外開発もしくは海外調達によるコストダウンを経て更に進められるコスト低減策の一つがコーポレート・アイデンティティという名目によるデザインの統一である。


と仰々しく話をぶっ立ててみたが、自動車業界においてのコーポレート・アイデンティティは近年まで成功例に乏しかった。

例えば三菱自動車がダイムラーからオリビエ・ブーレイを招聘した時に作った通称ブーレイ顔は、マイナーチェンジで採用したものはデザインのちぐはぐさが目につき、任期が2年と短かったこともあって一からデザイン出来た車種も少なかったことがブーレイ顔の評価の低さの理由だろう。折れ線の入ったボンネットなどの影響は残したが。

ちなみにこのあたり、クーペフィアットのメインデザインを手がけ、フィアット・バルケッタのデザインにもかかわった後、移籍したBMWで伝統を壊すようなデザインを行って古参のマニアから批判を受けながらも、セダンやクーペのトランクリッドを一段盛り上がらせるデザインで数多いフォロワーを生み出したクリス・バングルに近いが、効果が劣る。

後追いのない失敗例ならスバルだろう。
数々のコーポレート・アイデンティティを作り出そうとしながらも、評価が得られなかったためにモデルチェンジのたびに旧来の物を捨てて新しいコーポレート・アイデンティティに挑戦していく様は涙を誘う。しかもどんどんデザインが煩雑にダサく

こほん。


レクサスのスピンドルグリルも一代限りで消える。いまだ各メーカーで模索は続くようである。
ぶっちゃけザブングル加藤の表情ネタとかぶって見えてしまい、自分の中でレクサスは「悔しいフェイス!」だったりするんだが。

こほん。


自動車でのコーポレート・アイデンティティの成功例として挙げるなら、マツダの鼓動デザインだろう。
アテンザに迫るマイナーチェンジでも継承するらしい。実際キャラクターといい収まりといいうまいこといっているように感じているので、熟成していければと思う。


しかし、ホンダのソリッド・ウィング・フェースにはひとつだけ物申したい。
採用車種は選べと。


フィット3以降のホンダは一部車種を除きソリッド・ウィング・フェースによるコーポレート・アイデンティティを採用している。
下はS660から、上は……新型NSXまで。

ちょっと待てよ。
NSXだろ? ホンダどころか日本が誇れるスーパースポーツの一角だろ?
歯を食いしばってでも「これがあのNSXの後継だ」と言える、所有する愉悦を確認できるデザインをすべきだろう。

NSXがコーポレート・アイデンティティを採用したからといってS660がプレミアム軽になったりフィット3がプレミアムコンパクトになるわけではない。
むしろ逆で、既に街中に氾濫した見た目のスーパースポーツというのは安っぽく見られるのではないだろうか。

マーチの顔をしたGT-Rに誰か乗りたいか、という話だと思う。



ここで成功例として挙げたマツダの鼓動デザインに話を戻したい。

コーポレート・アイデンティティとして成功していながら、近来の車種であえて鼓動デザインのラインから外した車をリリースしてきた。

それが四代目ロードスターであるところに、マツダのデザインに対する考え方と車種に対するプレミアム感の付け方に賞賛を送りたい。



2015年5月3日日曜日

【映画感想】ワイルドスピード・スカイミッション

この後ミッションインポッシブル5・ターミネーター5・アベンジャーズ2・スターウォーズEP7・007スペクターと続く今年は映画の大物続編が連続で来る年だ。
その口開けとなったのがこのワイルドスピード・スカイミッションである。

期待は大きかったが不安もなかったわけではない。ブライアン・オコナー役のポール・ウォーカーが2013年に事故死しているからだ。
その時点で撮影の大部分が終わっていたとはいえ撮影シーンはまだ残る。しかも新三部作としての幕開けだったことからシナリオは次へ続くことになる。
ブライアン抜きで。
そのためにもシナリオを作り直す必要があったのだ。


ドミニクファミリーの日常は、ロサンゼルスに帰ってきた。
これまで通り自動車趣味に精を出すドミニクに対して、妻子に対しての責任を負っているブライアンはブルーのGT-Rに思いを馳せつつ運動性ではるかに劣るバンを転がす日々。

その日常は、東京から突き崩される。
オーウェン・ショウ(前作ユーロミッションのヴィラン)の兄デッカードが、東京で荒んだ生活を送るハンをレース中のアクシデントに見せかけて始末し、ホブスも手酷く痛めつけた上でドミニクの元に爆弾を送り付けたのだ。
元イギリス特殊部隊のデッカードは容易に存在をつかませず、アメリカの諜報部も手を焼いていた。もし彼を見つけたいならば人物監視プログラム『神の目』が必要だが、開発者ラムジーは中東の山岳地帯を本拠地にする民間軍事組織に囚われていた。
デッカードに襲撃されているドミニクを救ったミスター・ノーバディ(というはなはだ胡散臭い男)は『神の目』の使用許可と引き換えにラムジーの救出を依頼する。
ラムジーを救出し、中東にある『神の目』に必要なマイクロチップを入手する。かなうならデッカードへの反撃も。
そして、最後の決戦はロサンゼルス。ドミニクはデッカードを止められるか――?



というストーリーだがグダグダ言ってる暇があったら見ればいいのだ。問答無用でスカッとする。

予告映像で有名になった車両ごとの空挺降下シーンはラムジー救出のためのもの。このシーンの一連の流れはかなり好みである。特にローマンの動きに注目。ローマンとテズはいいコンビになったなぁと(笑)

マシンは今回も凝りに凝りまくっている。空挺作戦のための魔改造マシンはオリジナル尊重派に眉根をしかめられるだろうが、あれは正しく『あり』だと思う。
ぶっちゃけ空挺作戦での注目は車両ではない。護送車の中でブライアンと格闘する敵エージェントだ。最後までブライアンと格闘戦を繰り広げるから目をかっぽじってよく見ておくべし。

そして今回の映画、肉弾戦をやるのはドミニク役のヴィン・ディーゼル、ホブス役のドウェイン・ジョンソン、デッカード役のジェイソン・ステイサムとなる。
…… ハ ゲ ばっかだ!(爆)
というネタはおいといて、重量級がバチバチ遣り合うシーンはなかなか迫力がある。入院中のホブスの復帰シーンは見ごたえがあるぜ。


そしてラストシーン。次作には登場できないブライアンをどう扱ったかは映画で確認してほしい。
家庭を守らねばならない父としての側面と、硝煙と銃弾舞う世界に心を惹かれる元警察官としての側面、そしてドミニクのファミリーとしての側面はきっちり処理されたと思う。

走馬灯のように流れるこれまでの出演シーンにはぐっとくるものがあったよ。


大丈夫。見ればいい。後悔はさせないはずだ。


そしてネタバレ折りたたみ。


2015年4月11日土曜日

ウォッシャー液再考

いいかげんウォッシャー液の再選定を考えなければならなくなってきた。

今のHT81Sスイフトスポーツに乗り換えてから長く愛用してきたのが『WaterX 超親水ウォッシャー液』というマイナーなものだ。
撥水ではない。親水である。どうだ、くそマイナーだろう?(苦笑)

昔からワイパーをかけると拭き残しが出る撥水のガラス面が苦手であった。ころころとした雨粒を飛ばすためにさっくりワイパーを使ってしまうのも悪いとは思う。かといって降雨の中ワイパーを使わずに走れる速度を維持するのも大変だし。

そこで出会ったのが前述の超親水ウォッシャー液だ。

元々標準的なガラスの表面には親水性がある(と、本で読んだ)。それをわざわざ撥水させるためには、素材から変更するか表面を撥水加工するしかない。もちろん手軽なのは撥水加工だ。
しかし撥水は加工というよりは膜を作るようなもので、わずかながら撥水性を持つ油膜は嫌うのに撥水膜は歓迎するというよくわからん状況になっていたりする。
そんな状況でワイパーを動かしても膜が悪さして拭き残しが出る。

では親水ウォッシャー液ではどうなるのか?
少なくともフロントガラスでノーマルワイパーブレードを使う限り通常程度の拭き残ししかない。

撥水ウォッシャー液と考え方が違い、親水膜を付与するのではなく、元からある親水能力を復活させるために清掃力を上げているからだ。

だからこそ普通のウォッシャー液ではなく超親水ウォッシャー液を指名買いしていた。

……のだが。


そんなマイナーなウォッシャー液が在庫切れするまでにそれほどの時間は必要なかったわけで。


答えは分かってる。
撥水ウォッシャー液が苦手で超親水ウォッシャー液がなくなったのなら普通のウォッシャー液使えってんだろ?

そこにさくっと納得できならトリプルアクセルでねじくれた今の自分の性格を形成しとらんわい(苦笑)


素直に普通のものを使う気にもなれず。
撥水タイプは苦手。

さあ次はどうしたものかと頭を抱える日々である。

2015年3月20日金曜日

だらだーら

たまにはこっちに書く(挨拶)


日常のぼやきとか愚痴とか「基本的には一見のみでスルーおっけー☆」な内容をツイッターに書き、少し推敲が必要だったり改まった内容だったりカチッとした文章にしたいものをブログに上げるようにしている。

の、だが。

そういうしっかりとした文章を書きたい時って何か日常が変わり映えした時なもので、取り立ててイベントやなんかが起こらないと書くことがなくて筆が鈍るのである。
もちろん場所特定系イベントを除く。特定された時の気持ちはmixiで体験済みの思い出したくない過去。


本来なら忙しくなってほしい仕事も、機材入れ替えまでしたにもかかわらず期待したほどでもなくだらだらと流れている。まだ臨時置きみたいな設置なのでいろいろと大変である。ちょいと面倒事も抱えそうな気配だし。


間もなく雪国にも春が訪れる。もう少し忙しくなってほしいと切に願うところである。

2015年3月3日火曜日

CX-3をちらっと見てきた

たまにはブログを書かないと(挨拶)

唐突に思い立ってCX-3を見に行ってきた。
前回デミオを見に行ったり,、はたまた乗ったりとマツダに縁付いている気はする。しかしこの年まで縁がなかっただけでマツダのデザインラインは好きなほうだ。FD3Sのボディラインなんかは見てるだけでぞくっと来るし、上手に走らせてくれたらもうたまらないくらいだ。そこ、変態とか言わない(笑)

例によってHT81Sを基準としているが、今回はたまたま横に並んでいた新型デミオも比較対象とする。
何故かって? デミオとCX-3が並んで停まってたおかげで「CX-3二台もいれてんのかスゲェ!」と阿呆な勘違いをした人間がここにいるからだ。そのくらい両者のデザインには共通感が強い。

見ただけでメーカーを認識させようとするコーポレートアイデンティティは近年のデザインの基本になっているものの、ともするとこういう勘違いを生み出すのだろう。
正しいかどうかはともかく、上記の勘違いをやらかす可能性も含めて私はあまり好きな考え方ではない。

とはいえ勘違いもあってデミオとCX-3の並列鑑賞を行えた。
しかし単独で見た時にはどっちがどっちでパッとわかるものではない気がする。四面図で比較すれば分かるであろう違いは少なく感じた。

サイズはデミオ比幅70mm・長さ200mm程度増えているおかげでデザインの自由度が上がっている様子で、ボディライン等いくらか抑揚が増えていたようだ。新型デミオのプロトタイプをうたっていた『跳(HAZUMI)コンセプト』は、どちらかというとCX-3の方向だったんじゃないかと。
RV方向に振るための無塗装樹脂パーツは悪くない。しかし18インチのホイール(XDツーリング標準)はデカすぎるなぁ。

デミオと見比べれば大きくなっているのはわかる。しかしデミオ自体があまり小ささを感じさせないデザインだっただけにCX-3がいきなり大きくなった感じはしない。

内装はデミオの時から気に入ってるブラックに赤ステッチのファブリック。白レザーよりいいと思う。
残念ながら試乗どころか乗車も叶わなかったので全体の見切り等には言及出来ないが、デミオもちと言葉を濁したくなる項目なので期待はし辛いところ。
その辺は見切りサイコーなHT81Sを原器にしてるのでハードルが高いのは自覚している。


CX-3を見に行ったのは、デミオになかったMTの4WDに興味を惹かれたからだ。もっともディーラーさん曰く試乗にMTは出ないだろうとのことで、その点だけはちょっとがっくり。

馬力だけで言うならHT81Sと大差ないCX-3で4WDの価値はいかほどかと思う。それでも惹かれちゃったんだから仕方あるまいて。
MTが来たら乗ってみたい車ではある。


2015年2月21日土曜日

技術班起動

我が家にLED照明が初めて導入されることになった。

別にLEDにしたかったわけでもない。むしろ避けたかったくらいなのだが、電気工事不要のタイプがLEDのしかなかったのだ。

電気工事士? 持ってねぇよ。


台所で長年使っていた手元ライト兼台所唯一の光源が、昨夜ついに天寿を全うされた。と言っても紐が切れただけなのだが、その理由が度重なるON-OFFの繰り返しにあっただけに機器の入れ替えと相成った。
5回もON-OFFしないと点灯しないとかなんだおい。理由は回路なのか百均で買ってきたグローのせいなのか。

そういうわけで交換と相成ったわけだが、ひもを引くタイプではなくスイッチ式になったことだけが気がかり。


2015年2月17日火曜日

一月早く

窓から外を眺めていると、今が二月であることをにわかに信じがたい。
道路はしっかりとアスファルトを覗かせ、最低気温はプラスを維持している。どう考えても一月ほど季節が早い気がするのだ。

そういえば夏も涼しくなるのが一月ほど早かった気がするが、何か関係があるのだろうか。


ちなみに、お世辞にも雪は少なかったと言えない(笑)

暮らす分には少ないほうが幾分楽ではあるものの、雪関係でメシを食ってる人たちがいることを思うと複雑な気持ちである。


冬来たりなば春遠からじ。
二月だと言うのに、この雪国には既に春が見えてきている。

2015年2月2日月曜日

ブラウザ問題解決

Chrome快適なのじゃあ~~~~~!


以上。

すでにPrestoでもなくなってるし、こだわる意味のないものにこだわっても仕方あるめぇて。



環境移動は結構手動。
ブックマークはツールを使ったけど、ログイン情報やらなにやらは手動。スピードダイヤルだけアドオンで追加しただけで快適動作ー。

RSSリーダーはFeedlyへ移行した。まだ動作に慣れないけど、いずれ慣れていくはず。


何を無駄にこだわってたんだろう私は(笑)

2015年2月1日日曜日

Chronium版OperaとイライラFlash問題(未解決)

現状でうちのChronium版Opera上のFlashで起こっている問題を整理してみる。いらいら。



PPAPI版
・ニコニコ動画やYoutube等のストリーミング動画が数秒動いては止まるを繰り返す(音声は普通に流れる)
・Flash広告などは止まらず動く


NPAPI版
・ストリーミング動画は止まらず再生できる
・Flash広告で相性が悪いのがあるらしく、いくつかのHPを表示するとフリーズする(待つと復旧する)


両者共通
・IE10や、よりスペックの低いXPマシン(いまだに)で動作するChronium版Operaに比べても動作が重い
・全体的に引っかかるような動作をする


とりあえず動画を諦めてPPAPIで動かすか、動画を見るためにNPNPIで動かすか。いらいらは募るばかりである。

2015年1月22日木曜日

【映画感想】ベイマックス

新年最初の挨拶以外のブログ更新が映画感想というのは、今年は映画に困らない1年になるということかな?(挨拶)

というわけで(どんなわけだ)ベイマックスの感想を書こうと思う。クソ遅くなったけど。


東洋と西洋が入り混じった架空の町サンフランソウキョウに住む天才科学少年はヒロ・ハマダは、尊敬するロボット工学の第一人者キャラハン教授と兄タダシが所属する大学の研究チームに飛び級で入学するため、超小型のマイクロボットと思念制御システムを開発し、大学の研究発表会で公表し見事に入学の権利を勝ち取った。
しかしその後会場で起こった火事でマイクロボットは焼失、取り残されたキャラハン教授とタダシが亡くなってしまう。
目的と生きる意味を見失ったヒロの部屋で、兄の発明品であったケアロボットのベイマックスが偶然に起動。ベイマックスとともに一つだけ手元に残ったマイクロボットの動きを追っていくと、焼失したはずのマイクロボットが大量生産されている現場に行き当たり、謎の仮面の男にマイクロボットで襲われる。
あの火事でいったい何が起こったのかを知るべく、ヒロは兄の研究仲間たちとベイマックスと共に動き出す。


まず目を奪われるのがサンフランソウキョウの自然さ。ネーミング通りにサンフランシスコと東京を混ぜ合わせたような街だが、丁寧かつ細やかに作り込まれている。
ヒロの自宅の瓦屋根に招き猫が乗ってるのはご愛嬌だが、手のひらを自分に向ける西洋流カモン式ではなく手のひらをこちらに向けた東洋流の物だったことが意外。
そこからカメラを振っていけばごく自然に街並みの東洋分は西洋分と交わり入れ替わっていく。映画のセットのように区切りがはっきりしていない。交通機関として路面電車があり、スラムっぽいアンダーグラウンドな場所も、港や工場なんかもある。
その様子はベイマックスの歩く速度で描かれるため、目にゆっくりと入ってくる。それでも違和感を感じさせない描写なのは街作りから相当練り込んでいると思われる。

もちろん混ぜ合わせてるだけではなく、招き猫の例を取ってみてもわかるように東洋風の描写がかなり正確なのである。
その辺にからんでは爪の垢もらって飲んだほうがいい映画スタッフがハリウッドには多数いると思われる。うちのブログで言えばウルヴァリンSAMURAIあたり必須だ。煎じる必要などなかろ?


丁寧な描写は人物にも及ぶ。

天才少年ヒロは登場シーンで賭けロボットバトルで駆け引きしつつ自分の勝ちを演出して見せた。若干やりすぎな感じは否めないが、持て余した才能のぶつけ先がないゆえの暴走と思えばどことなく納得は行く。

そんな危なっかしい弟を心配する兄タダシは弟の才能は信頼していて、いろいろな場面でつまづきかけるヒロを支えて前に進む手助けをする。
将来を案じたタダシが紹介した自分の研究室にいるのは並み居る科学マニアばかりで、自らの研究結果を自慢げにヒロに見せる。しかし鼻にかけるような感じはない。
嫌な感じが鼻につくのはキャラハン教授のライバルに当たるアリステア・クレイとマイクロボット襲撃の時に対応した警察官くらいのもので、それだってキャラハン教授との対比だったり証拠がなくて信じられなかったりと理由がある。ハマダ兄弟の面倒を見ているキャスおばさんはただ暴走しがちないい人だし。

ベイマックスの世界は、基本善人だけで回っているのだ。

そこに輪をかけていい人なのが、タイトルにもなっているベイマックス。AI搭載のケアロボットだけあって心のケアにも手をかけてくれる。AIだけあってどこか空気を読めないところはあるが、それでもヒロのために懸命に働こうとするのはほほえましくある。まさしく忠犬。
フレーム内蔵の風船みたいな構造ゆえに見た目はやや丸く、本当にぽてぽてと効果音付きで歩く。実に癒し系である。


ネタバレを避けるために序盤程度の感想で終わらせるが、総じて作りは丁寧。途中まではマーベルの関与が信じられな作りだ
それでもアクやトゲが少ないだけに、むくつけきアメコミ好きのおっさんたちに独占させていい作品ではないし、幅広い層に見てもらえる良作だと思う。


ただしこれはマーベル作品である。だから声を大にして言いたい。
字幕で見たかった! スタン・リーが……!(笑)


では以下ベイマックスの批評を見てると頻発してくるポリコレに関しての苦言など。例によってトゲありなので折りたたみー。



2015年1月5日月曜日

ご挨拶

新年あけました(挨拶)


新年から変わらぬ始まりかと思いきやいきなりの墓穴工事とかかまりたりしていろいろと落ち込んでいる今日この頃ですが、ほどほどにヒキコモリつつ暮らしていきたいと思います。

平穏無事を第一目標に。