2015年9月11日金曜日

五十年に一度の災害に備える

昨日の段階ですでに大事ではあったわけだが、一夜明けても鬼怒川決壊の状況はひどさを増していくように感じる。
相変わらずネットではデマ半分事実半分の流れが出来てしまっていて、外様の人間としてはせめてデマを拡散しないことを心がけるしかないのである。

個人的なことを言えば、父方の親戚が宮城におり、被害地域にかすっている家庭があるらしいので、そちらが被害に遭っていないかが心配なくらいだ。

閑話休題。

数十年に一度の災害というのは、それにぶち当たることも想像が出来なければ、そこからの復旧も想像を超える苦難であろうことくらいしか考えが及ばない。

自然は人の想像をたやすく飛び越える。これまでの経験に基づく対策が及ばないこともあろう。
それでも備えは必要だ。備えるべきである。



職場のそばを流れる川の護岸改修工事が行われたのは数年前のことだ。
「五十年に一度の水害に備える」というお題目のもとに、見慣れた護岸は飛来していた野鳥もとろも姿を消し、同時に行われた県道の拡幅工事で職場は移転を余儀なくされた。

当時は憤ったものである。人の手で自然を征服でもするつもりかと。

だが、これも備えであろう。
ならばなるべく無駄に終わるのが一番いいのだろうと思う。

野鳥は戻ってきたしな。

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