その仕事で得た指輪が、スカイフォールから引きずる過去とボンドを結びつける。
ル・シッフル。ミスター・ホワイト。クァンタム。
そしてダブルオーナンバーを含むMI6の統廃合をもくろむMI5のマックス・デンビーが一つの線でつながったとき、過去の亡霊が蘇るのだ。
スペクター。
ジェームズ・ボンドはこの情報の化け物とどう戦うのか。
事前に言っておく。
私はどれほどがんばっても007シリーズには従うと決めている。諦めていただきたい。
オープニングからもうしびれっぱなしである。
民族音楽をバックにメキシコの街中を歩く仮面の男と、それを追いかけるように動く仮面の男女。男がビルへ入ったのを見届けて向かいのホテルへ入り、仮面舞踏会の中をすり抜けて部屋へと入る。
マスクを取ってボンドの顔が出てくる時、民族音楽がアレンジされた007のテーマへと変わっていくのはもうトリハダモンだ。
『クレイグ』ボンド初のガンバレルシークェンス、凝った映像つきのテーマミュージックとクラシカルな007のお約束は現代映画ファンにどう捉えられるか分からないが、旧来からのファンならニヤニヤが止まらない流れであろう。
ようやくガンバレルシークェンスが出てきたことから考えるに、カジノ・ロワイヤルから続いたボンドが007へと成長する物語としての区切りとなる作品である。それゆえにアクションは派手で、少ないながらも特殊アイテムに見せ場もあって懐かしい007を見ている感じだった。
嗚呼、300万ポンドか魚のえさに(笑)
知人のブログで見た「ジェイソン・ボーンを思わせるスパイアクションが、中盤から『ムーア』ボンドになる」という評価はあながち間違いではない。それに何の問題がある?
スペクターは『クレイグ』ボンドの成長を描く四部作の区切りとしての面のほかに、もう一つ旧体制の破壊の側面があると思う。
Mが代替わりし、Qが新生し、マネーペニーも代わり、最後には旧体制を象徴するものが文字通り破壊される。そりゃもうこてんぱんに。
むべなるかな。
007がかつて対峙してきたソ連などの冷戦時の仮想敵はもはやなく、麻薬王あたりはそろそろ架空の存在としても敵に回せない。
そもそもにして原作ではスペクター自体がスメルシュというソ連主体の公的機関だったのを、ソ連からの抗議を恐れて変更したものだ。
敵組織も情報がらみのものが多くなってきたのも時代の流れ、殺人許可証など時代遅れといっても過言ではなかろう。
しかし、Mははっきりと言い切る。
「殺す権利とは、殺さない権利でもある」
スパイも変遷していく。007はどうか?
「James bond will return.」の一文を信じて待つことにしたい。
その時にはあのクラシックなアストン・マーティンを無事にQの元へ戻してほしいものだ。
最後に。
Qにはジョン・クリースを格上げしてもよかったんじゃないかなと。
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