新年最初の挨拶以外のブログ更新が映画感想というのは、今年は映画に困らない1年になるということかな?(挨拶)
というわけで(どんなわけだ)ベイマックスの感想を書こうと思う。クソ遅くなったけど。
東洋と西洋が入り混じった架空の町サンフランソウキョウに住む天才科学少年はヒロ・ハマダは、尊敬するロボット工学の第一人者キャラハン教授と兄タダシが所属する大学の研究チームに飛び級で入学するため、超小型のマイクロボットと思念制御システムを開発し、大学の研究発表会で公表し見事に入学の権利を勝ち取った。
しかしその後会場で起こった火事でマイクロボットは焼失、取り残されたキャラハン教授とタダシが亡くなってしまう。
目的と生きる意味を見失ったヒロの部屋で、兄の発明品であったケアロボットのベイマックスが偶然に起動。ベイマックスとともに一つだけ手元に残ったマイクロボットの動きを追っていくと、焼失したはずのマイクロボットが大量生産されている現場に行き当たり、謎の仮面の男にマイクロボットで襲われる。
あの火事でいったい何が起こったのかを知るべく、ヒロは兄の研究仲間たちとベイマックスと共に動き出す。
まず目を奪われるのがサンフランソウキョウの自然さ。ネーミング通りにサンフランシスコと東京を混ぜ合わせたような街だが、丁寧かつ細やかに作り込まれている。
ヒロの自宅の瓦屋根に招き猫が乗ってるのはご愛嬌だが、手のひらを自分に向ける西洋流カモン式ではなく手のひらをこちらに向けた東洋流の物だったことが意外。
そこからカメラを振っていけばごく自然に街並みの東洋分は西洋分と交わり入れ替わっていく。映画のセットのように区切りがはっきりしていない。交通機関として路面電車があり、スラムっぽいアンダーグラウンドな場所も、港や工場なんかもある。
その様子はベイマックスの歩く速度で描かれるため、目にゆっくりと入ってくる。それでも違和感を感じさせない描写なのは街作りから相当練り込んでいると思われる。
もちろん混ぜ合わせてるだけではなく、招き猫の例を取ってみてもわかるように東洋風の描写がかなり正確なのである。
その辺にからんでは爪の垢もらって飲んだほうがいい映画スタッフがハリウッドには多数いると思われる。うちのブログで言えばウルヴァリンSAMURAIあたり必須だ。煎じる必要などなかろ?
丁寧な描写は人物にも及ぶ。
天才少年ヒロは登場シーンで賭けロボットバトルで駆け引きしつつ自分の勝ちを演出して見せた。若干やりすぎな感じは否めないが、持て余した才能のぶつけ先がないゆえの暴走と思えばどことなく納得は行く。
そんな危なっかしい弟を心配する兄タダシは弟の才能は信頼していて、いろいろな場面でつまづきかけるヒロを支えて前に進む手助けをする。
将来を案じたタダシが紹介した自分の研究室にいるのは並み居る科学マニアばかりで、自らの研究結果を自慢げにヒロに見せる。しかし鼻にかけるような感じはない。
嫌な感じが鼻につくのはキャラハン教授のライバルに当たるアリステア・クレイとマイクロボット襲撃の時に対応した警察官くらいのもので、それだってキャラハン教授との対比だったり証拠がなくて信じられなかったりと理由がある。ハマダ兄弟の面倒を見ているキャスおばさんはただ暴走しがちないい人だし。
ベイマックスの世界は、基本善人だけで回っているのだ。
そこに輪をかけていい人なのが、タイトルにもなっているベイマックス。AI搭載のケアロボットだけあって心のケアにも手をかけてくれる。AIだけあってどこか空気を読めないところはあるが、それでもヒロのために懸命に働こうとするのはほほえましくある。まさしく忠犬。
フレーム内蔵の風船みたいな構造ゆえに見た目はやや丸く、本当にぽてぽてと効果音付きで歩く。実に癒し系である。
ネタバレを避けるために序盤程度の感想で終わらせるが、総じて作りは丁寧。途中まではマーベルの関与が信じられな作りだ
それでもアクやトゲが少ないだけに、むくつけきアメコミ好きのおっさんたちに独占させていい作品ではないし、幅広い層に見てもらえる良作だと思う。
ただしこれはマーベル作品である。だから声を大にして言いたい。
字幕で見たかった! スタン・リーが……!(笑)
では以下ベイマックスの批評を見てると頻発してくるポリコレに関しての苦言など。例によってトゲありなので折りたたみー。
ではポリコレ=ポリティカルコレクトネスとはなんぞやと調べてみると。「社会的な差別や偏見が含まれていないこと」らしい。
確かにベイマックスはそのあたりの配慮が行き届いている。これまでの映画でよく感じた「こんなもんでしょ」的アジアを含まない日本風の街並みの描写ばかりでなく、これまでの映画なら確実にスクールカースト最底辺の描写をされたであろう科学マニアたちも実に普通に生き生きと描かれている。
それでも笑いは生み出せているし楽しめる。さすがだと思う。
だからといって「ポリコレに配慮しているから楽しめる」という物言いは違うと思うんだよ。配慮するのは制作側であって、こっちはそんなとこまで考えながら見たくないんだから。
だいたいにして私自身がドリフ世代だしTAXiシリーズとかポリコレ的にアウトな作品何かを含めて下品な笑いが好きなんである。ビートたけしの映画ブラザーズでの「フXXキンジXップくらいわかるよ馬鹿野郎」は吹き出した記憶もある。
未見ながらモンティ・パイソンなんかもいけるかもしらん。チラ見したジャッカスはアウトだったけど。
それでも笑える箇所はあった。だから個人的には「ポリコレに配慮していても楽しめる」という表現を押したいのだ。
近年お笑いにおかれましては強者が弱者をダシにして笑いを取るという間違った方向に進化を続けている。
コントの時代からそういう風潮はあったが、たけし軍団が先鞭をつけ、とんねるずが体育会系のノリを持ち込んでしまった結果、上が下に逆らえない笑いが主流になってしまっている。
ただ、それはおかしいと思うのである。体育会系カースト最下層の私からすればいいかげん笑えない領域になっていると感じてしまうのだ。
ドリフターズのコントは欠点を笑いものにするという点でポリコレ的にはアウトである。
しかし、ドリフターズのコントは絶対権力者に一泡吹かせようとする四人がその駄目さ加減で自滅あるいは権力者を巻き込んでしまうと言う点において、一方的に強者が弱者をダシにする感じはしない。
ポリコレには配慮すべきである。
しかし差別や偏見が亡くならない以上、逆に差別や偏見を逆手に取った笑いもあっていいと思うのだ。ドリフターズのように。
そもそもにしてベイマックス自体が「配慮が行き届いている」作品でしかないんだし。
違うと言うならワサビの潔癖症をダシにしたシーンでくすりとも笑わなかったんだろうな? あれは潔癖症の症状を持つ人たちに配慮してないぞ。
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