2016年11月29日火曜日

だらだら入院記・そのなな(最終回)

ばっくなんばー、123456


入院六日目。

朝の検診やら朝食やらを終えて先生の巡回。日常のルーティンワーク。

の、はずが。
「だいぶ数値が安定してきましたし、そろそろ退院します?」
待ち望んでいた一言がようやく聞き出せた。返事はハイ一択でしょう。


退院のために必要なのは帰宅の移動手段と入院費用。概算で聞き出した入院費用とともに昼前には帰る旨を身内に連絡しておく。

仕事中は何かにとりつかれたように休みたいと考えていたのに、いざ強制休暇となると仕事が気になって仕方がない。完璧にワーカーホリックである。職場は滞りなく動いているか、自分がいないために進まなかった仕事はないか、そんなことばかり考えてしまう。


一週間近くいると、変なものだが病室にも愛着がわいてくるものである。生活品以外をまとめつつ部屋を眺めれば思い出すのは入院初日の体調。はっきりとよくなったと言える。

よくまああのだるさで仕事できてたものだと。
その上で通いで治そうなどと考えたものだと。


退院前日とはいえやることに変わりはない。読書と艦これと仮眠と、時々食事だ。
この健康的な食事もなかなか悪くなかったが、退院したら何を食おうか。ジャンクなヤツをいきたいところである。


入院七日目。最終日。

朝食を食べ、部屋で最後にやることは撤収だ。
さっきまで使っていた生活品をしまい、こまごましたものやごみを片付ける。
ちょいとゴニョゴニョな手段で確保していた電源からスマホの充電器を回収するのも忘れない。これやっとかんと枕元にスマホ置けなくてなぁ。


忘れ物がないか何度も確認する。荷物を家人に預けて最後の診察へ。

ここで初日の血液検査の数値を聞かされ驚いたわけだ。もっと驚いたのがいつもの懸念ガンマGTPで、確かに解熱剤として風邪薬や栄養ドリンク飲んで負荷かけてた自覚はあるけれど、入院初日に221出てたとかないわー。ちなみに標準値は最大79なので、どのくらいおかしいかは分かってもらえると思う。

デヴらしく脂肪肝だよちくしょう。

他に注意されたのは「体力が落ちてるのでしばらく安静に」「この病気は再発しやすいので気をつけて」といったところ。血液・尿検査の結果もまずまずと伝えられた。

そう、再発しやすいのだ。
入院前のあの原因不明の発熱もそうだが、今年二月ごろにも『急な発熱』『のどの痛みはなし』『妙なだるさ』と今回とほぼ同じ三点セットを食らっていたのだ。しかも二週おきに三回くらい。
風邪だろうと高をくくっていつもの耳鼻科へ行き「こないだも処方されたと思いますが」の前置きつきで同じ薬をもらってしのいでいたのも、ひょっとしたら今回同様急性前立腺炎だったかもしれず。抗生物質を処方されていたのであまり悪化しなかったのかなと。
あのとき気付いていれば今回の入院はなかった可能性もあったわけで。ため息ひとつ。

とりあえずは今の治療。
飲み薬一週間分と、そのころの来院を約束して開放された。次の来院まではだらだら過ごそう。

「お酒は絶対に駄目ですからね?」
あーい。


外。一週間ぶりの外。
「シャバだーーーーー!!」
……任務完了。

まずはいったん帰宅して荷物を下ろし、洗濯物・日用品・その他もろもろの仕分けを行う。
しかるのち職場へ。とりあえずの退院報告と、今後の療養方針を相談。早々に引き上げた。


ここからは一週間だらだら過ごし、昼間だけ職場に行く生活を繰り返す生活に至る。


総括。

手術やら何やらを抜きにしても、ただ安静にするだけでも体力はどんどん削れていくものとは知らなかった。退院後しばらくだらだらやってた半分以下の勤務時間ですら厳しかったし。

風邪と思っても素人判断は駄目です。普段の風邪と違ったらいきなり耳鼻科ではなく、まず内科に行ってみること。

あと、健康は大事です。あえて大文字で。以上。

2016年11月13日日曜日

だらだら入院記・そのろく

ばっくなんばー、12345


入院四日目。

変わり映えとといえば日々の点滴から解放されたくらいで、それ以外の治療はほぼそのままである。すなわち採血と抗生剤注射。
昨日までは採血も抗生剤も点滴のライン経由でやってたので、新規に針が刺さるのは久しぶりである。
学生時代途中まで献血が日常だったこともあり、注射やら採血やら点滴やらへの耐性は少なくない方だとは思う。
それでもやはり針の刺さる瞬間は身構えるものである。何度やられても慣れない。

体調は少しづつよくなっている、ような。
すぱっと切り替わらないことは百も承知の上だがもう少しすっきりしてくれても。


そして入院後初のお風呂。しゃーわせー。
病院の規模が規模だけに普通のユニットバスだったけど、それでものんびりとお湯に浸かれるってのはいいものだ。持ち込んだ風呂道具も無駄にならずに済んだし(←ここ地味に重要)。


自分につながる点滴も取れ、移動のたびに引き回してた点滴スタンドが不要になるといくらか復調の実感が湧く。
家からもほど近いこの病院は完全に生活圏内で、見慣れた街並みを見慣れない角度から見下ろす非日常にはまだ慣れない。おそらく退院まで慣れることはないだろう。


入院五日目。

風呂がない程度で生活にほぼ変化なし。よって二日まとめて記事にする。

操作しづらいながらも艦これを進め浦風を入手したり、漫画をひたすら読み漁ったり、時折寝たりと、ようやくある程度の生活リズムが身についてきた。

しかしこのあたりからポテチやらラーメンやら焼肉やらと非常にジャンクなブツが食べたくなってきた。ここへ来て食事制限なしが非情なボディブローを打ち込んできやがる。
以前にも書いているが、この病院で出てくる食事はおいしい部類に入ると思う。それはわかるのだが。
「そろそろ焼肉とかラーメンなんかが恋しくなってきてます」
「わかるよー。当直のときには同じもの食べてるからね。食事制限ないからなおさらでしょ?」

ついでに言うなら、なんで談話室や待合室にはグルメ系の漫画が多いんだ。胃を押さえる羽目になるじゃないか。ぬおぉぉぉ……!
よし、退院したら焼肉だ。炭火にはこだわらん。ホットプレートでもいいぞ(混乱)

つづく

2016年11月6日日曜日

だらだら入院記・そのごぉ

ばっくなんばー、1234


入院三日目。

この時点で頭をよぎるのは『暇』一文字。
検診・飯・点滴・スマホ・・巡回・仮眠・飯・スマホ・検診・仮眠・飯とやることは昨日と変わらない。入院先を伝えたのは身内だけなので、見舞に来るのも身内だけ。

体力的なことを考えて翌週の飲み会はキャンセル。前払いのイベントだったのでチケットの処理は同行予定だった友人に頼んでおいた。これまで二度あった参加のチャンスをこちらから断っていた因縁のイベントだったのだが、二度あることは三度あったぜFxxk! もし神様がいるのならおそらくこの飲み会に関しては敵なのだろう。チェーンソーを持てい!


治療方針は「抗生剤でやっつけた細菌を、点滴で取り込んだ水分で押し流す」「細菌をおとなしくさせるために基本は安静」なので、一助として水やお茶やスポドリなどの糖分少なめなペットボトルを一日一本開けて水分を取ることをノルマとした。


謎ルールを自分に課しても暇なことには変わりないので、ちょっと看護師さんに確認。
「下の(診察室の前の)待合室の漫画、借りてきて読んでもいいですか?」
「いーよー」
下の方が続き物が多くて読み応えがあったのだ。これで読める本が増えた。

さすがに歯抜けのままにするわけにもいかないだろうと、待合室解放中には戻すことを自分ルールとしておいたが、それでも結構な冊数は読めたと思う。


この時点で持ち込んだ荷物のおおよその要不要が分かってくる。

例えば着替えとして持ち込んだ靴下は裸足で過ごすことにすれば不要だった。洗面器も取り立てて使わず、寒さ対策かと思ったタオルケットも病室はさほど寒くなかったので鞄の中の住人と。

改善の余地があったであろうものはスリッパ。たまさか余りがあったのと指定だったので持ち込んだものの、一週間も裸足でスリッパを使い続けると中の布張りが剥がれてくる。トイレにも履いていくことを考えれば未使用のサンダルの方が適切だったかもしれない。

逆に持ち込むべきだったのが湯呑み。
当初持ち込むのを忘れたので歯磨き用のコップを代用していた。
機能には何の問題もなし――と見えていたのは最初だけ。食事ごとにいただく番茶の茶渋がこびりついたコップを持ち帰ることとなったわけだ。
今にして思えば耐熱やらは大丈夫だったんだろうか。環境ホルモンとかしみ出したりしてたかもしれないが、今さら気にしてもどうにもならないのだけれど。

あって助かったのはスマホ。良質万能な暇つぶしアイテム兼貴重な情報源であり、スマホなしには提督業に勤しめなかった。感謝の一言。
もう少しバッテリーがもってくれればとも思うが贅沢なんだろう。
Wi-Fiがある大病院ならパケットも節約できるはず。
もう少しフトコロに余裕があればWi-Fiルータとノーパソという生活もありだと思う。そのときには電源確保にマルチタップが必須になる。


この日の夕方。治療に動きが出た。
三日間刺さりっぱなしだった点滴の針が外されることとなったのだ。

翌日、入院生活はじめてのお風呂へ入る。

つづく

2016年11月3日木曜日

だらだら入院記・そのよん

では前々々回前々回前回の続きを。

入院は一週間から経過次第でも長くて十日を予定している、らしい。
仕事を始めてからこんなに休んだことがないことに気付く。最長でも旅行で休んだ四日くらい。
近年では風邪をひいての療養でも職場の休憩室で横になってることがほとんどで、予定なく休むとすれば正月くらいという仕事馬鹿っぷりを発揮していた。

だからこそ入院して休めという話だったのかなと、今にして思う。

というわけだが、これだけ強制で休まされるというのがひどく落ち着かない。
その上で本当に休み方を忘れている。休みがなくて何もできないなんてどころではなく、休日にこなすべきことを仕事の合間にこなすことに慣れてしまっていて、休んで何をすべきかかなり本気で思い当たらない現状に落ち込んでしまった。

職場ににも自室にもテレビがないのでどんな番組がやっているのか全く把握していない。
スマホを叩くにも限度がある。
個人病院なのであちこち見て歩く場所もない。安静にしなきゃいけないので外出も不可。

そしてここに、読書が趣味のくせに本を一冊も持ってこなかった馬鹿がいる。

……笑えばいいと思うよ? てか笑えよ。


入院2日目。

一日は朝6時の検診から始まる。
看護師さんが体温・血圧・脈拍をはかり、トイレの回数を申告。コンタクトレンズを装着するついでに体重を計測して申告、部屋で艦これの遠征処理を終えてHPの定期巡回をやっていると朝食だ。

食事後にトレイをナースセンター前に返却しながら歯磨き。部屋へ帰ってスマホを叩けば医師の巡回検診と血液検査、そして抗生剤の投与をしてから点滴と点滴スタンドによる拘束のお時間になる。

特に目立った治療もしないので検診は調子の話で終始する。最初来院したときに「胃がむかっとするかも知れません」と言われた抗生剤も、慣れたのかモノが替わったのか胃の丈夫さが利いたのか、初日にして何事もなく終わるようになっていた。

そうなってくると食事制限なしが重くのしかかってくる。

減るんだ。腹が。何も動いてなくても。

「あの、差し入れとか食べても大丈夫ですか?」
「食事制限ないですし大丈夫ですよー」
静かにガッツポーズをした瞬間である(笑)

もちろん基本的に寝ている人間だから大げさに空腹を覚えることもないし、小腹を埋めるようにクッキーを一枚かじるくらいで留めておくようにした。
せっかくの栄養計算済みの食事だもの、わざわざ過剰なカロリーを突っ込むこともあるまい。節制は大事。


スマホに飽きてきたので談話室の本に手を出した。
私以外の人たちも大部屋を個室状態で使ってるため、テレビルームと化している談話室には誰もいない頃合を見計らって向かう。
そして乱読気味の自分の性格が幸いして、読む本にはそう困らなかった。グルメ漫画がメイン在庫だったのは空腹的に辛かったが。
しかも後半には速読のため読みつくしてしまったので、待合室の本まで読み出すに到る。

そのうちに昼飯となり、午後2時の検診と午後5時の夕食、医師の巡回から点滴離脱と消灯までの流れは初日と変わらず。

なんだかんだと午後10時まで艦これの遠征処理をしてから眠りに入る。


しかし、二日目にして時間をもてあます事態になるとは思わなかった。
翌日以降は暇との戦いに明け暮れることとなる。

つづく

2016年11月1日火曜日

だらだら入院記・そのさん

というわけで前々回前回の続きである。


ゼロ日。入院当日。予定通り朝から自走で病院へ。


前回書き忘れていたのだが、この病院は泌尿器科で、個人病院ながら入院患者の受け入れもしてくれるところである。だからこそ最初の内科で紹介してくれたのだと思う。

「家族からも入院を勧められまして」と切り出したら先生はちょっと驚いた顔をしていた。
自分だって入院するとは考えていなかったのだから驚かれるのはやむを得まい。

でまあ、入院となるとまた手続きやら入院向けの診察やらが必要になるわけだ。家族の同意を得るために必要な書類の記入と入院のための道具を取りに家へ戻る。
さすがに自分の車を病院に置いておくわけにもいかないし、病院側にもいい顔はされまい。朝のうちから病院に再訪の際は身内に運転手をお願いしておいたのはよかったと思う。


とにかく入院は初体験である。書類に書かれていた入院に必要なものを一揃い持って行こうとした結果、旅行に使っていた我が家最大のソフトバッグを肩掛けしたほかに風呂道具を手持ちするというフルアーマーっぷりを披露することと相成った。

荷物のかなりの割合を占めていたのが、病院では出番のなかった洗面器とタオルケットというのは今考えても笑える話である。あとでこの辺の要不要リストを書き出してみたい。


入院前の説明でようやく病名がこちらに公開された。急性前立腺炎、というやつである。

初期は発熱やだるさなどの風邪に似た症状が出るので思い違いをしやすいらしい。他に自覚した症状はトイレの回数。夜中3回も起きるとかおかしかったわけで。

退院時に判明するのだが、この時点の血液検査で出てた炎症反応が正常値の十倍だったとか。白血球も相当な量だったらしく、どこかで炎症を起こしていたのははっきりしていたと。問題は部位の特定のみだ。

その炎症反応の数値からすると中度レベルの症状だったらしい。
悪化すると敗血症を引き起こして命に係わるなだけに、そこで発見できたのもラッキーなのかなと。


忘れ物やら何やらで数度往復しつつも昼前にはどうにか入院の運びとなる。
案内されたのは二人部屋ながら、同室の患者がいなかったため一人部屋と同じように過ごせたので、よくしゃべるコミュ障としては気楽であり助かった。


治療方針は抗生剤の投与と点滴、そしてひたすらの安静だ。
しかし治療開始の前に昼食がっ(笑)

食事の基本は一汁三采と茶碗一杯分の白米だ。パンやそばが出たこともあるがどちらも一度で、朝食では一品少ないとかそのレベルの変化だったが、手を変え品を変え飽きないような工夫がされていたと思う。温かいものは温かかったし、味は中々だったように記憶している。
ただ初見では少ないと感じてしまったわけだが、食べると意外に満足できた。普段どんな量をどう食べてるのやら。

好き嫌いは多いほうなのだが、なるべく残さずにいただくことにした。

しかし病室も少なく、入院患者はもっと少なかったこの入院生活を考えると、調理はどうしていたのか気になるところ。あの人数なら簡易台所でもどうにかなるレベルなのか。それともどこかに小規模入院施設向けのセントラルキッチン的なところがあるのか。


午後に入って治療スタート。
一本で終わってすぐ帰宅する点滴なら肘から入れるのだろうが、数日続く点滴治療のために、手首から少し肘よりのあたりに専用のラインを確保してもらうことになった。

「ちょっと、血管見えないねぇ。針刺し辛いわー。どこなのー?」
「すみませんホントすみません、今までどこの病院でも言われてきましたんです。すみません」
献血でもさんざん言われてたしな。プロをもひるませるわが血管、恐れ入ったか(違)

で、当分の間一日三本の点滴を行うらしい。記憶にある中で入院前日までに受けた点滴は三本なので、ごくさっくりと記録更新。


で、点滴打ちつつ袋を替えてもらいつつ、やることといえば安静、つまり横たわるか寝ているかだ。寝るのはいいがちょこちょこ看護師さんが来るのでじっくりと寝てもいられず、ものの数十分で飽きてしまった。

情報源としてのスマホは使い方の問題で帯域制限がかかってしまっていた。やむを得ず1GB分のパケットを購入。

巡回サイトの更新情報はFeedlyで押さえている。日常はTwitterを監視しつつFeedlyの更新情報を眺め、隙間時間で艦これに耽溺する生活が始まった。

おい普段と何も変わらねぇぞ!
P C が ス マ ホ に 全 面 置 き 換 わ っ た だ け だ ! ! (笑)

安静が聞いてあきれるなぁー……。


この日はだるさもあってトイレ以外にはろくに起き上がることもなくひたすらスマホを触り続け、購入したテレビカードでニュースなどを眺めつつ、ベッドの住人となっていた。


夕食は17時。食事が終わった頃合に先生が巡回に来た後、看護師さんに針を残したまま点滴を外してもらう。何をするにも点滴キャスターつきだったし、身軽になった。

消灯は21時。その前に洗面所で歯磨きを済ませ、コンタクトレンズを外しておく。布団にもぐっておやすみなさい。

……いや、こんな早く眠れませんから。
個室である利点を生かして22時くらいまで艦これ。遠征を出してとりあえず枕元の電気を消灯。

しばらくうだうだしてからやっと眠気に襲われる。
午後だけでこれだけ退屈だったのだから、一日この生活ってどれだけ退屈を満喫する羽目になるのやら。

つづく