『風が吹けば桶屋が儲かる』ということわざがある。詳しい意味はリンクからのWikipediaを参照してもらいたい。
自分なりに現代訳すれば「非常に遠回りかつ無駄に壮大なピタゴラ装置」あるいは「えらく曲がりくねったこじつけドミノ」あたりではないかと。
途中経過を省いて起点と結果のみを記すと訳が分からなくなる話は、意外とそこらに転がっているものである。
私が知る限りで一番壮大なのは「F1が北限のニホンザルを危険にさらした」だろう。
何を言っているのか分からない?
いや我ながらここだけ抜き出したらさっぱり分からんなぁ(笑)
順を追って説明していくことにしよう。
時は1972年、ひとつのサーキットがオープンした。
名前は「むつ湾インターナショナル・スピードウェイ」。名前が示す通り陸奥湾を望むサーキットだ。
片側が直線になったひょうたん型の超高速サーキットで、ブームをにらみ当時のF1サーキット規格に適合するよう設計された野心作である。
もし時代や何やらが許せばF1マシンが走った可能性もあったわけだ。
しかし、その野心作はわずか2年で閉鎖された。
青森県という遠隔地の上に微妙に都市部からも遠い野辺地町に設置されたため参加者や観客の足を遠のかせたこと、海沿いどころか海岸線すぐ脇のコースで海水による水没や風による砂の侵入などがあったこと、冬期間は積雪のため閉鎖せざるを得ないこと、おそらくは積雪や海水でコースが痛むこと、オイルショックがモータースポーツ並びに自動車業界へ打撃を与えたことを理由にしてはいるが、とどのつまりオイルショック以外の理由は単純に先を読み損ねたと言えそうだ。
このサーキット、顧客誘致の一環として動物園を併設していたのだが、閉鎖とともに動物園も閉鎖。大型動物は引き取られていったものの小動物は放置された。
放置された中にはタイワンザルの群れもあり、ほどなく野生化。
南国生まれのくせに北国生活に適合したばかりでなく、北限のニホンザルの生活圏へも食い込んでいく。ニホンザルの血統を守るという実に身勝手な理由でタイワンザルの駆除も行われたが、すでに双方の遺伝子を持つ個体も確認されている。
以上、F1が北限のニホンザルを危険にさらすまでのルートである。どれだけのピタゴラスイッチなのやら。
ただし、適切な設営と管理が行われた本格サーキットが存続運営されていたら、青森の――というか北東北のモータースポーツはどう発展していたのかは北国のモタスポ好きとしてすごく気になっている。
この件を書き始めるにあたって、私は年単位に分けてふたつばかりニアミスを起こしている。
ひとつは知り合いにむつ湾サーキットを走ったらしい方がいること。
当時某ディーラー勤務で、職場でチームを作って参戦したとか。
聞いたときはサーキットの存在を知らず話半分で聞いていたものの、調べておったまげた次第。
もうひとつは知らずにニアミスした件。
引き取られた大型動物の一頭が近年まで存命だったのだ。
それが野毛山動物園に引き取られた、世界最高齢記録を持つフタコブラクダのツガルである。
私は十年以上前に野毛山動物園を訪れている。
もし当時むつ湾サーキットの話を知っていたらどんな思いで見ただろうか。
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