あと数時間で今年も一巻の終わりである。
振り返ってみても、一番の大事は入院沙汰だろう。手術しなくともあれはなかなかの体験であった。しなくて済むならしないほうがいいものの筆頭だが。
入院記がこのあたりにありまする。よろしければ。1・2・3・4・5・6・7
他はおおむね例年通り。帰省してきた友人と馬鹿やったり、映画見たり、襲撃してきた友人と馬鹿やったり、艦これやったり、地元の友人と馬鹿やったり。
いい加減成長しろこのすかぽんたん。
友人たちには今年も大小さまざまな迷惑をかけた自覚はある。特に入院沙汰でイベントキャンセルかました友人には頭をマントル辺りまで下げても収まらない話だ。
来年こそは荷物から手荷物くらいの迷惑度に抑えたいものだ。
良いお年を。
2016年12月31日土曜日
2016年12月25日日曜日
【映画感想】この世界の片隅に
見終わって数日経つのだが、いまだにあの衝撃が頭から離れない。
『ジャック・リーチャー』と『君の名は』を差し置いて先に感想を書いてしまおう。
昭和初期の日本。
ちょっとした縁で広島から呉に嫁いだすずさんが、慣れぬ結婚生活をゆるゆるとこなしていく中で大戦に翻弄されていく姿を描く。
戦争を題材にしたこの映画は、その上で一方的な戦争非難にも戦争賛美のどちらにも偏らない稀有な作品である。
海軍のお膝元である呉に住む嫁ぎ先の北条家は、軍と無縁の生活をしているわけではない。それでも武官と生活しているわけでもない微妙な軍との距離感がいいバランスを生んでいると思う。
戦前から戦中、そして終戦に向け物資がなくなっていく様子はしっかり描かれているものの、度を越した悲壮感はない。食料がなくなっていくことは確かなのだが、場面に応じた知恵で乗り越えていく姿が生き生きと描かれている。そして時折乗り越えそこねるのが緊張感をほぐしてくれるのだ。
そう。この映画、意外と笑えるのだ。特にほんわかしたすずさんが繰り出す全力でのドジは、本人が反省することと当事者であることに加え、あの「ありゃあ~~~~」とつぶやきながらの照れ笑いでどうしても許してしまう。
楠公飯の下りとかかなり好きである。見た人は分かってもらえると思う。ねぇ?(笑)
時折描写されるすずさんの描く絵もまた重要なポイントだ。絵がもたらす楽しさは十分に、一見深刻そうな問題は意外とコミカルに描かれる。立地や北条家の仕事による海軍ひいきはあれど、陸軍はコメディリリーフ扱いになるほかない。
絵は時折空想と重なる。そこにすずさんの物語が加わると、どこからどこまでが現実かあいまいになってしまう。
だからこそあのシーンはとりわけ残酷だ。
呉、そして広島。二つの都市を襲ったこともあまり直接的な描写はない。それでも呉への度重なる空襲は北条家ばかりでなく呉全体を疲弊させるし、穏やかなはずのすずさんをも微妙にゆがめていく。
別れと出会い、戦争らしい悲喜こもごも、生き残ってしまった人たち。
「それでも、ここで、生きていく」という言葉がすべてなのだろう。
売り上げが一定数に到達したら30分の追加映像が製作されるという話だ。
可能ならそこに到達してくれれば、また微力ながら売り上げに貢献したいものである。
『ジャック・リーチャー』と『君の名は』を差し置いて先に感想を書いてしまおう。
昭和初期の日本。
ちょっとした縁で広島から呉に嫁いだすずさんが、慣れぬ結婚生活をゆるゆるとこなしていく中で大戦に翻弄されていく姿を描く。
戦争を題材にしたこの映画は、その上で一方的な戦争非難にも戦争賛美のどちらにも偏らない稀有な作品である。
海軍のお膝元である呉に住む嫁ぎ先の北条家は、軍と無縁の生活をしているわけではない。それでも武官と生活しているわけでもない微妙な軍との距離感がいいバランスを生んでいると思う。
戦前から戦中、そして終戦に向け物資がなくなっていく様子はしっかり描かれているものの、度を越した悲壮感はない。食料がなくなっていくことは確かなのだが、場面に応じた知恵で乗り越えていく姿が生き生きと描かれている。そして時折乗り越えそこねるのが緊張感をほぐしてくれるのだ。
そう。この映画、意外と笑えるのだ。特にほんわかしたすずさんが繰り出す全力でのドジは、本人が反省することと当事者であることに加え、あの「ありゃあ~~~~」とつぶやきながらの照れ笑いでどうしても許してしまう。
楠公飯の下りとかかなり好きである。見た人は分かってもらえると思う。ねぇ?(笑)
時折描写されるすずさんの描く絵もまた重要なポイントだ。絵がもたらす楽しさは十分に、一見深刻そうな問題は意外とコミカルに描かれる。立地や北条家の仕事による海軍ひいきはあれど、陸軍はコメディリリーフ扱いになるほかない。
絵は時折空想と重なる。そこにすずさんの物語が加わると、どこからどこまでが現実かあいまいになってしまう。
だからこそあのシーンはとりわけ残酷だ。
呉、そして広島。二つの都市を襲ったこともあまり直接的な描写はない。それでも呉への度重なる空襲は北条家ばかりでなく呉全体を疲弊させるし、穏やかなはずのすずさんをも微妙にゆがめていく。
別れと出会い、戦争らしい悲喜こもごも、生き残ってしまった人たち。
「それでも、ここで、生きていく」という言葉がすべてなのだろう。
売り上げが一定数に到達したら30分の追加映像が製作されるという話だ。
可能ならそこに到達してくれれば、また微力ながら売り上げに貢献したいものである。
2016年12月5日月曜日
風が吹けば……
『風が吹けば桶屋が儲かる』ということわざがある。詳しい意味はリンクからのWikipediaを参照してもらいたい。
自分なりに現代訳すれば「非常に遠回りかつ無駄に壮大なピタゴラ装置」あるいは「えらく曲がりくねったこじつけドミノ」あたりではないかと。
途中経過を省いて起点と結果のみを記すと訳が分からなくなる話は、意外とそこらに転がっているものである。
私が知る限りで一番壮大なのは「F1が北限のニホンザルを危険にさらした」だろう。
何を言っているのか分からない?
いや我ながらここだけ抜き出したらさっぱり分からんなぁ(笑)
順を追って説明していくことにしよう。
時は1972年、ひとつのサーキットがオープンした。
名前は「むつ湾インターナショナル・スピードウェイ」。名前が示す通り陸奥湾を望むサーキットだ。
片側が直線になったひょうたん型の超高速サーキットで、ブームをにらみ当時のF1サーキット規格に適合するよう設計された野心作である。
もし時代や何やらが許せばF1マシンが走った可能性もあったわけだ。
しかし、その野心作はわずか2年で閉鎖された。
青森県という遠隔地の上に微妙に都市部からも遠い野辺地町に設置されたため参加者や観客の足を遠のかせたこと、海沿いどころか海岸線すぐ脇のコースで海水による水没や風による砂の侵入などがあったこと、冬期間は積雪のため閉鎖せざるを得ないこと、おそらくは積雪や海水でコースが痛むこと、オイルショックがモータースポーツ並びに自動車業界へ打撃を与えたことを理由にしてはいるが、とどのつまりオイルショック以外の理由は単純に先を読み損ねたと言えそうだ。
このサーキット、顧客誘致の一環として動物園を併設していたのだが、閉鎖とともに動物園も閉鎖。大型動物は引き取られていったものの小動物は放置された。
放置された中にはタイワンザルの群れもあり、ほどなく野生化。
南国生まれのくせに北国生活に適合したばかりでなく、北限のニホンザルの生活圏へも食い込んでいく。ニホンザルの血統を守るという実に身勝手な理由でタイワンザルの駆除も行われたが、すでに双方の遺伝子を持つ個体も確認されている。
以上、F1が北限のニホンザルを危険にさらすまでのルートである。どれだけのピタゴラスイッチなのやら。
ただし、適切な設営と管理が行われた本格サーキットが存続運営されていたら、青森の――というか北東北のモータースポーツはどう発展していたのかは北国のモタスポ好きとしてすごく気になっている。
自分なりに現代訳すれば「非常に遠回りかつ無駄に壮大なピタゴラ装置」あるいは「えらく曲がりくねったこじつけドミノ」あたりではないかと。
途中経過を省いて起点と結果のみを記すと訳が分からなくなる話は、意外とそこらに転がっているものである。
私が知る限りで一番壮大なのは「F1が北限のニホンザルを危険にさらした」だろう。
何を言っているのか分からない?
いや我ながらここだけ抜き出したらさっぱり分からんなぁ(笑)
順を追って説明していくことにしよう。
時は1972年、ひとつのサーキットがオープンした。
名前は「むつ湾インターナショナル・スピードウェイ」。名前が示す通り陸奥湾を望むサーキットだ。
片側が直線になったひょうたん型の超高速サーキットで、ブームをにらみ当時のF1サーキット規格に適合するよう設計された野心作である。
もし時代や何やらが許せばF1マシンが走った可能性もあったわけだ。
しかし、その野心作はわずか2年で閉鎖された。
青森県という遠隔地の上に微妙に都市部からも遠い野辺地町に設置されたため参加者や観客の足を遠のかせたこと、海沿いどころか海岸線すぐ脇のコースで海水による水没や風による砂の侵入などがあったこと、冬期間は積雪のため閉鎖せざるを得ないこと、おそらくは積雪や海水でコースが痛むこと、オイルショックがモータースポーツ並びに自動車業界へ打撃を与えたことを理由にしてはいるが、とどのつまりオイルショック以外の理由は単純に先を読み損ねたと言えそうだ。
このサーキット、顧客誘致の一環として動物園を併設していたのだが、閉鎖とともに動物園も閉鎖。大型動物は引き取られていったものの小動物は放置された。
放置された中にはタイワンザルの群れもあり、ほどなく野生化。
南国生まれのくせに北国生活に適合したばかりでなく、北限のニホンザルの生活圏へも食い込んでいく。ニホンザルの血統を守るという実に身勝手な理由でタイワンザルの駆除も行われたが、すでに双方の遺伝子を持つ個体も確認されている。
以上、F1が北限のニホンザルを危険にさらすまでのルートである。どれだけのピタゴラスイッチなのやら。
ただし、適切な設営と管理が行われた本格サーキットが存続運営されていたら、青森の――というか北東北のモータースポーツはどう発展していたのかは北国のモタスポ好きとしてすごく気になっている。
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