病室の引越しといえど対して持ち運ぶものはない。私物類を入れてあるロッカーとテレビや冷蔵庫がセットになったサイドボードの二つごと移動するだけである。
本人は……重いものを持ったら急性期病棟へ逆戻りの可能性もあるので手ぶらのまま歩行器使って移動。いや車椅子だったか?
と、その前に。
「コルセット出来上がりましたー」
と持ってこられたのはフルコン空手で装着してるフェイスマスクの巨大版である。
わき腹を通って胸骨と骨盤を繋ぐいびつな円形をした硬質フレームと折れたであろう背骨の部位にあてがうプレート、それを片側を固定した上下二本のベルトが繋いでいて、背中から回したベルトに開いた穴でわき腹の辺りで固定する、ギックリ腰用とは明らかに違うコルセットである。固定部位の位置関係をきっちりやりたかったからワンオフになってるわけだ。
こいつをベルトを締め気味にして装着して下さい、と。なるほど。
胸側に乗せたプレートを左手で押さえ、右手で下側のベルトを引けばおおよそ位置が固定される。その後上下位置の微調整をしてベルトの本締めと装着は一苦労であったものの、回数をこなせば徐々に慣れていくものである。慣れたくはなかったものだが。
何より一番困ったのは。
「コルセットは可能な限りつけたままにしておいてくださいね」
「寝るときも?」
「外していいのは着替えとお風呂のときくらいです」
寝辛ぇだろ!!
……と思ったのも当日の夕方くらいまで。昼寝して分かったが環境には慣れる。
引越し先は二人部屋。先輩に軽く挨拶。
向こうは足の骨折で私より長く入院しているが、進捗が芳しくないらしくまだ車椅子が手放せない。
そして二人部屋、当然狭い。こちらが廊下側に陣取ることになり、ベッドを配置すると柱の位置が悪いせいで車椅子の通過はかなりギリギリだった。
つまりちょこちょこぶつかるわけだ。
事情も分かってるしこちらは後から来た側、ある程度仕方ないとは覚悟しておく。
何よりぶつかるたびに謝罪があるので少々申し訳ない気分になるも当面はこの並びでいくしかない。
続いて始まるのが本格的なリハビリである。
これまでは基本安静だったので療法士さんたちが病室まで来てくれていたわけだが、今度は自分がリハビリ室まで移動しなければならないのだ。
リハビリの一環となるわけで移動に異論はない。
自分の落ちた脚力を除けばな。
たった数十メートルにも限界を感じながら歩くのだ。
「今のところは歩行器で移動してもらいますけど、早めに杖での移動に切り替えますよ」
「あー、分かりました。その辺のタイミングはお任せします」
「あとリハビリとして歩きの自主訓練もしてくださいね。病棟一周はおすすめです」
中庭があり一周できる構造だったが総合病院と言えど病院な訳でたいした距離でもないし、原因になったおつとめではもっと歩いてるし、いくら体力が落ちたとはいえ一周くらい楽勝。
と、思ってました。察しろ。な?
続いては食事。これもリハビリの一環として集会所へ移動して取ることになる。
今まで病室の向かいだったためほぼドアツードアで行けたトイレもやや遠くなるので、生活全般がリハビリと言える状況である。
人間の骨というものは一度折れればそう簡単にくっつかない。じわじわと治っていくもので、時間以外に解決手段がない。
今回の入院はコルセットが出来上がるまで砕けた背骨を悪化させないことと安静時になるべく体力を落とさないこと、完成後は落ちた体力を日常生活が可能なくらいまで戻すのが目的だ。
自分の場合「日常生活で悪化した様子がないからくっついたと判断できる」と診断されたのは退院後二ヶ月ほど経ってからのことなので、壊すは一瞬治すは長くを実感する羽目に陥ったわけだ。長ったらしい言い回しだが。
初日はトイレですらちょっとした旅にも感じたものだったが、それが日常となり、辛かった病棟一周も楽になり二周目へ突入したりとじわじわ動けるようになっていく。
「では今日から行き(下り)だけ階段を使いましょう」
「分かりましたー」
三階分の下りから始まり往復ともに階段となり、自主的にリハビリ室の前にある図書コーナーまで上り下りを繰り返すようになる。たまには本の交換って用事がなくても。
そしてここいらでもう一度動きがあった。
再度の引越しである。