2020年3月7日土曜日

スレスレ入院記・序章

先日、少々派手な負傷での入院からどうにか退院できた。
やらかした事・やらかした内容は誰の身にも起こりうることだと思うが、結構ヤバい状況から本気で運よく戻ってこれたのだろうことは理解している。
今回は入院へ至るまでの経緯を自戒を込めて書いていきたい。


と言っても事の起こりは実はただの一撃である。


ちょこちょことツイートしたことのある週二回の歩き回る朝のおつとめの時、考え事をしながらアパートの階段を下っていた。ちょっと意地が悪い設計の、ほとんど屋内にありながらも最後数段が外に露出している階段だ。つまりはこの時期のことその数段が凍結していたのだ。
雪が少ないこともあって以外にうるさいピンスパイクの長靴ではなく比較的滑りやすい短靴を履いていったことも災いした。

このあたりの記憶があいまいになっている。
たぶん最後の一段だと思うのだが、ひょっとしたら二段目か三段目だったかもしれない。
足を滑らせた、と気が付いたときには一番下の地面に尻餅をついていた。かなり脂肪分豊かな自分が落ちたのだからかなりの音がしたに違いない。
重い荷物を持っていながら次の準備のために曲げていた左ひじを一番下の段に打ち付けてすりむき、その影響で持ち上がったらしい肩の筋が痛む。
何より背中が痛い。腰の上という妙な位置に激痛が走る。
アパートの住民以外の交通を妨げない位置だったために、深呼吸を繰り返しつつ遠慮なくしばし硬直していた。

五分ばかり座り込んでいただろうか。ほんのりと、幾分とではあるが痛みが落ち着いてきた。というより痛みに慣れてきたのだろう。
まずは立ち上がる。何度か経験のあるえぐい腰痛の時のような動きづらさはあるがどうにかなった。
少し歩いてみる。痛みは厳しいが、歩けないほどではない。
問題はこのおつとめがまだ3/4ほど残っていることと、その間けっこうな重さの荷物を持ち歩かなければならないことである。

覚悟を決めた。
荷物は配り歩く類のものなので進めば軽くなる。歩けるなら進もう。責任を果たして、それから病院だ。

と思っていたらおつとめ後の本業が運よくというか運悪くというかやたら忙しく、その日は通院を断念せざるを得なかった。
いちおう通院する旨はおつとめ元へと連絡しておくものの、寝返りもかなわぬほど痛む背中を抱えながらやや早めにベッドへ向かう。
妙に体が冷えているような気がした。布団の温まりが悪く、痛みと相まってしばらく寝付けなかった。


翌日はあまり忙しくなさげだったので午後から整形外科へ向かう。母が通っていて好感触だったのと、口コミでの評判が良かったところだ。
症状を医師に話すと早々にMRIとレントゲン撮影へと促された。

この時点までは背中の筋でも痛めたか、悪ければぎっくり腰くらいだろうと楽天的に考えていた。
現実はどちらも選択しなかった。俺の悪い想像なんぞ軽く飛び越えてくれた。

「ああ、背骨の圧迫骨折ですねー。こことここです。分かります?」
はぁ!?

レントゲンならば素人目にもはっきりわかる、高校以来の骨折である。そりゃ痛いわ。というか状況が分かったらなおさら痛い。
そして昨夜の冷えと寝付けなさにも納得がいった。高校当時も変な冷えを感じていたのだ。
とはいえ神経に触ってないためか医師の見立てでは手術抜きでの温存治療。なのでコルセットを装着しての安静が基本方針となる。
こちらはまた運よく翌日午前中にコルセット制作技師が来院するとのことで、再来院を約束しつつ考える時間が出来た。
安静、ほぼイコールで仕事不能。一人仕事ゆえに休めば閉店せざるを得ない。家で寝込むといってもどうせ休まらないだろうし、通院するよりは思い切って入院した方が身体的にも楽なんじゃなかろうかと考えた。生命保険も使えるし。

その上ここへ来てクルマが足を引っ張る。
普段なら全く問題ないHT81Sスイフトスポーツの、交換した特注ダートラ用サスペンションの乗り心地が異常なほどに腰にくる。リアシートに乗せた友人が「(持病の)尿管結石降りるわ!」と言う珍言を吐いたのもいまさらながら納得だ。ちょっとしたギャップでミシリという背中を抱えながらでは通院もかなりキツいぞ、というのも入院の理由のひとつ。
普段の動きは最高だけどな! 普段の動きは最高だけどな!!


さらに翌日。熟考の結果をぶちまけた。
「というわけで入院を考えてます」
「なるほど分かりました。ですがうちには入院設備ないので転院になります。コルセットはそちらで作ってください。こちらで連絡しておくので整形外科の先生が待っていてくれます」
話が早い。
というわけで整形外科より自宅へほど近い総合病院へと案内されるままに移動、とんとんとこちらでもMRIとレントゲンを撮るに至る。
早々に診察し骨折を確認、こちらに常駐しているらしいコルセット制作技師に自分の胴体の型を取ってもらった。ワンオフとかめったにない経験である。
一息つくころにはすでに昼どころか午後も二時を突破した頃合だったろうか。
「ではベッドが確保できたので移動しますねー」

え? 色々調整して入院日決めるもんじゃないの? 即日なの?
ねえ待って。今日のものになるたぁ聞いてねーぞ!?

「昼ごはんまだでしょうから売店か食堂で何か買って食べててください」
「すみませんが、入院の道具一切持ってきてないので外出許可下さい」
「え?」
「え?」
「あのぉ……入院希望でしたよね?」
「まさか帰宅も出来ずに今いきなり入院させられるとは思ってもいませんでした」

某天パローカルタレントの名言が頭をよぎって仕方がない。
「いやこらぁ拉〇だよ!」

言っても埒は開かないのでとりあえず二時間ほどの予定で外出許可をもぎ取った。
「家の人に持ってきてもらえないんですか?」
「免許ないんですよ」
ただの通院のつもりだったから車で行ってたので戻しておきたいし、他にも事情はあったのだが思い切ってカット。

入院に必要なものリストを眺め、ありもので足りるかを脳内で確認する。
どうして自分で買ったボストンバッグが別用途に使われているんだろう。俺は何回かしか使ってないのにだいぶくたびれてきてんぞおい。
やむを得ず一回り小さいバッグに着替えなど処々詰め込み、とても入りそうにないシャンプーなどの詰まった風呂道具セットとゴミ箱を抱え、予定時間をオーバーしつつもタクシーにて病院へ戻った。

夕食時間から遅れたこともあって、病室のテーブルにはやや冷めた夕食が準備されていた。
塩っ気が薄く、歯ごたえが足りず、ご飯はやや柔らかめのものだった。冷めてることでまたどうにも気になってしまった。長く付き合う数少ない楽しみのはずの食事が初手からこれとは、いやはやどうにも。

ここから今回の入院の始まりである。

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